弥彦篇/1
「男の子、ですか?」 巴が瞳を大きくして訊き返した。 「・・・そう、拾った。 で、神谷道場に預けた」 剣心はぱりぱり、と漬け物を囓りながら、どこかしら視線が浮ついている。 「神谷・・・ああ、薫さんの・・・」 巴はまだ薫と面識はなかったが、 折に触れ剣心がよく話すので知らず近しい感情を持ったらしい。 にこりとして手をぽん、と叩いた。 「そうですわね、おひとりじゃ淋しいですし。 真剣に剣を習ってくれるならこれ程頼もしいことはないかも」 「そう、思ってくれる?」 ぱりぱり。 剣心はやはりまともに目を合わせない。 どうやら神谷道場と関わって以来、 有象無象のごたごたを引き寄せていることに引け目を感じているらしかった。 「思いますよ・・・これはきっと縁です」 「縁?」 「あなたにとって必要なんですよ、彼らはきっと」 「そうかなあ?」 「そうですよ」 剣心は少し顔を明るくして巴を見た。 「この間からもう三、四回は飛天御剣流を使ってる。 まだ“仕事”も始まってないのに。 あまり噂は広げたくないんだが・・・」 巴はにっこりと微笑みながら「だから、仕方ありません」と繰り返した。 剣心の本音が、“仕事”で巴の身に危険が及ばないことを案じていることは 彼女もよく知ってはいる。 しかしだからといって彼に関わってゆく人達を、 ふるいに掛けるような真似が出来ようか。 ―――巴が剣心に出逢い、そうして全ての流れが一気に変わったように。 彼はきっとまだまだ多くの人々の命運を担うと・・・知っている。 「どんな少年ですか?」 「すごいよ、あの年齢で多分一番大事なものを解ってると思う。 きっと、まっすぐに大きくなる」 剣心が少し嬉しそうに話す。 巴も釣られてまた微笑った。 「強くなりたい、って泣いた。 ・・・あれは昔の俺だ。 守るどころか守られて、喪った、俺だ」 「そう、ですか・・・」 剣心の背中が、微かに丸くなる。 「強くなれば、いいと思った。 神谷活心流は多分あの子に強さの真の意味を教えてくれる。 そう、思ったから―――」 「あなた・・・」 巴が剣心の背を抱くように腕を伸ばした。 温もりに気づいても、剣心は為されるままになっていた。 飛天の剣は時代を切り開く。 では、礎を固めてゆく剣は? 「俺は、もしかしたら最後の継承者になるかもしれない。 師匠はどう思うかな?」 「黙って見ててくださいますよ」 「巴・・・」 流派の継承ではなく、意志を継承するのだ。 例え剣心が斃れても、きっと誰かが。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |