新月村篇・前/5

京へ一刻も早く辿り着きたい剣心ではあったが、 地図から“消された”村の少年を助けたことで、 巴の考え通りに厄介な事態の真っ最中だった。
後発の斎藤にまで追いつかれ、しかも散々嫌みを云われ。
しかしそこは剣心、滅入ることは一切なかったのだが。
それよりも志々雄の恐怖による統治下で、事なかれ主義に 染まっていた村人の方が気になった。
志々雄真実は、智の面でも手強い。
そう、実感したからだ。
「これが志々雄が造る新時代の日本の姿だ」
斎藤は今にも唾棄しそうな表情で語る。
確かに斎藤のような人間は、志々雄の下では我慢なぞ出来ないだろう。
いや、斎藤の我慢どころか。
「・・・殆どの者が、奴隷扱いか」
果たして。
志々雄と対面した時、剣心はその思いを強くしたのだった。

村を支配していたという尖角を倒した後、 操や少年栄次まで乱入した。
志々雄はあっさりと去ったが、 その場に残った瀬田宗次郎という相手が。
剣心にとって厄介な相手となる。
彼の愛刀を、折られてしまったのだ。

「とっとと人斬りに戻れ」
斎藤は例によって煙草を吹かしながら面倒くさそうにそう云った。
「ないよ」
間髪入れずにあっさりと剣心は否定する。
「ふん、志々雄の側近にすら手こずったくせに」
「・・・おまえは、本当は俺が“人斬り”に戻らないことを 解っているくせにしつこい」
やや離れた所では操と栄次が漫才のような会話を続けていた。
斎藤はふう、と煙を吐き出し横目で剣心を見下ろした。
「そういうおまえも知っているだろう。
 俺は、人斬りのおまえと決着をつけたいんだよ」
剣心はうんざりとした表情で斎藤を見上げる。
「ああ、知ってる。
 だからこの仕事で初めておまえと組んだ時に、釘を刺しただろうが」
「そんな些細なことは覚えとらんな」
ひくり、と剣心のこめかみが動いた。
斎藤はそのことに気づいたが、何の感慨もなさそうだ。
ぷかり、と煙を吐くと「さて、戻るか」と踵を返す。
その時慌てて操が声を上げた。
「・・・ねえ、この子はどうすんの?」
斎藤はやはり無表情のまま視線だけを栄次に向けた。
「ここに置いておくわけにはいくまい。
 ・・・時尾に預けるか」
「時尾?」
初めて聞くその名に操が首を傾げる。
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