新月村篇・前/6
「ああ、斎藤の・・・」 「妻だ」 説明しようとした剣心の言葉をばっさりと切り捨てて、 斎藤はひと言そう述べた。 「え?ええっ!?おくさんっ?」 操は大きな瞳を普段の倍ほども見開いて、 まるで魚のように口をぱくぱくさせ、 信じられないといった顔で斎藤を指差す。 「うそっ! あんたの奥さんなんて菩薩様くらいしか務まらないわよ〜!!」 (・・・まったくだ) 操の背中の向こうで、剣心が心の中で頷いた。 (時尾さんはほんとに良くできた人だ・・・斎藤には勿体ない) うんうん、と感慨深げに首を縦に頷く剣心を ちら、と斎藤が見る。 ふん、と鼻を鳴らすと斎藤はそのまますたすたと歩き出した。 栄次はきょとんとしながらも、慌ててその後を追う。 「この村の件を報告したら、“本番”だ。 ・・・いいな?」 振り返ることもなくそう云い放った斎藤を、 彼らしいと思いつつ剣心は 苦笑しながら「ああ」と返す。 だが心の奥底では、これから始まるであろう戦いに気が尖っていた。 (出来たらまた闘って下さい) (新しい刀用意しておいて下さいね) 「・・・また巴に怒られそうだ・・・」 「え?何か云った緋村?」 きょとりと操が振り返る。 蒼紫に逢うために、無鉄砲に飛び出してきた少女。 ふわり、と我知らず笑みがこぼれた。 誰かに雰囲気が似ている。 ああ、薫殿だ。 ―――またあそこに戻りたい、巴とともに。 「いや、何でもない・・・さあ、急ごう」 京都に着けば、人を探さなければならない。 悠長に構えては居られなかった。 巴の、柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。 いつもいつも、普通の生活をさせてやれずに済まないと思う。 (それでも) それでも剣心は。 彼女の手を離すことは、微塵も考えれらないのだ――― 新月村篇・前 (完) ■『京都日記』目次へ戻る TOPへ |