新月村篇・前/4
いつの間にか山盛りになっていた艾(もぐさ)に、 血相を変えたのはまさにそれを燃やそうとしてた恵ではなく、 玄斎の方だった。 「恵くんっ!!」 「・・・はい?」 「そ、その量は激しくやばいのではないかね?」 「・・・あら?」 またやってしまった。 我ながら情けないわ。 恵はもう一度艾を指で摘みながら、溜め息を吐く。 ―――あの夜の出来事は現(うつつ)だったのか? 薫や弥彦が旅立った後の無人の神谷道場に、あの『四乃森蒼紫』が 現れたことは。 斎藤一が、余裕綽々で志々雄の話を彼に聞かせたことは。 ・・・本当だったのだろうか? (剣さん) 恵の想いのはけ口は、ただ己に向かうのみであったが。 それでも彼女は。 あの小柄な剣客と白梅の女性(ひと)の無事を、祈らずには いられなかった。 「おまえ、船酔いだいじょうぶ、なの・・・か」 やっと云い終えると、弥彦は桶に顔を伏せた。 船がこれほど揺れるものとは存外で、早ふらふらな状態だ。 薫は目的を得たことが精神的に高揚するのか、 しゃんと背筋を伸ばして、あまつさえ弁当を食している。 「武士は喰わねど高楊枝ってあるじゃない」 「・・・はいはい、意味ちげーよ。 ま、おまえはある意味武士だけ・・・どよ・・・うぷっ!」 船酔いっていうのはこれ程質が悪いものなのか。 弥彦はぐらぐら揺れる脳味噌で考える。 薫のこの強さは。 ある意味迷惑で、そしてある意味勇気づけられる。 ちゃんと剣心に会わせて。 きっちり薫の恋に片を付けてやりたい、と。 何度も山を見つめては、巴は所在なさげな顔をした。 「・・・落ち着かないのか?」 まるでついでのように見せかけて、心配した縁が訊けば、 彼女は「そうね・・・そうかも」と困ったように眉を下げる。 「“あいつ”か・・・」 赤毛の小さな男を回想して、縁は不愉快な気分になった。 「ええ、ごめんなさい・・・その通りよ」 腕組みしながらぼそりと縁は呟く。 「あれは充分強い。 心配なんか要らぬ世話だろ」 「そうじゃなくて・・・自分から厄介なことに 首を突っ込んでるんじゃないかって・・・」 「・・・」 あり得る。 三日以内に剣心が京都に着かなかった場合、 巴の心配は見事に当たった、というべきろう。 (ちっ、いつまでも姉さんを困らせるとは、イイ根性だ) 心の中で剣心に五寸釘を打ち込みながら、それでも面(おもて)では にこりと縁は笑った。 「姉さん、宿も決めてある。 少し休んだらいい。 緋村もそう云うと思うぞ」 「―――そうね」 この子はいつから自分の気持ちを抑えることが出来るようになったのか。 巴はそっと吐息を零す。 剣心に対してきっと腹の内は罵詈雑言に違いないだろうに、 自分の前では“普通”の義弟っぽく振る舞っているつもりらしい。 (これも成長というのかしら・・・?) 小首を傾げつつ、巴は一刻も早く剣心に会いたい、と思うのだった。 ■次へ ■『京都日記』目次へ戻る TOPへ |