新月村篇・前/2

斎藤はゆらりと身体を動かすと、さも鬱陶しげに 銜えていた煙草を口から外した。
「まったくあの男は行く先々で情を残しすぎる。
 俺たちには不必要だし、むしろ邪魔なんだがな」
左之はあからさまに怒りを堪えた顔で、斎藤を睨み付け。
弥彦はまだ驚いたまま、立ち尽くしている。
が、斎藤はそんなふたりを歯牙にも掛けず。
淡々と続けた。
「おとなしく待っておけ。
 ちゃんと事後報告はしてやる」
ぎり、と左之助が拳を握った。
その時初めて、斎藤は左之助に視線を向ける。
「ふざけんな・・・っ!
 足手纏いかどうか、拳に聞いてみろよ・・・!」



「で、どうなったの?」
ぽくぽくと下駄を鳴らしながら、恵が聞いてきた。
「ほとんど歯が立たなかったな。
 だからあんたを呼びに来たんだし」
弥彦は不機嫌そうな顔で答える。
ふーん、と人差し指に唇を当てて。
恵は暫し考えるように首を傾げた。
「ほとんど、ねえ。
 ってことはあのバカ左之助はほんの少し見所があったのかしら?」
「・・・まあ、な。
 俺はそう見た」
ふむふむ、と恵は納得したような表情で微笑むと、
「じゃ、今度はあのお嬢ちゃんね」
などと思案顔で首を捻る。
「・・・だな。
 俺じゃダメみたいだから。
 恵から働きかけた方がバ薫にはいいかもしんねえ」
眉間に皺を寄せて弥彦が呟けば、恵は切れ長な瞳を ちょっぴり大きくさせて。
(こんな子にまで心配させて、困った娘(こ)ね)
そっと溜め息を吐いて、ぐるぐると弥彦の頭を撫でた。
「ばっちり、任せなさいな」
そう、約束して。
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