新月村篇・後/4
「こんな時刻に、何を云い争ってるんですか?」 どどどどど。 操の鼓膜に一気に水の流れる音が響く。 これはふたりの男の間に横たわっていた氷河が一気に 溶けてゆく音だ。 (は、春だ・・・春が来たんだ!!) ぐっと拳を握り、操は天の助けとも思われた声の方へ 礼を云おうと振り向いた。 「あ、あの・・・っ!ありが」 「ごめん巴!遅くなった!!」 「へ?」 「姉さん・・・」 「へ?」 ―――天の助けは、巴であった。 ずずずーっ 年頃の女の子は、思い切り音を立てて茶を啜った。 彼女の目の前には、黒髪の美しい飛びきりの美女。 その美女の左手側にはメガネの青年。 右手側には剣心が胡座を組んでいる。 男たちは相変わらず視線さえ合わそうとはしていなかった。 (それにしても) 端から見ればついからかいたくなる男たちを眺めながら、 操はまた茶を啜った。 (こんな美人が、緋村の奥さんだなんて) 道理でわたしにひとつも靡かなかったわけね、とひとり彼女は 頷く。 (まあ、一番の驚きは) 不機嫌そうに眉間に皺を寄せている男の、その顔を。 睨むように操は凝視した。 (こいつ三十路前!? この顔で、この体格で、あの爽やかな笑顔で!?) なんだか年齢とは関係のないものまで混じっているが、 当然彼女は気にしない。 (まさか蒼紫さまより年上だなんて・・・詐欺よ! これは詐欺だわ!!) 「操殿・・・視線が痛い」 それまでかなり我慢していた剣心が、とうとう音を上げて がくりと肩を落とした。 巴が彼女の前に現れてからというもの、 まるで珍しい動物でも観察するかのようにギンギンに 睨まれ続けられると、どうにも居心地が悪すぎる。 はあ、と嘆息してちらと横を見遣れば。 巴が小さく肩を震わせて―――笑っていた。 ■次へ ■『京都日記』目次へ戻る TOPへ |