新月村篇・前/1
「やられた・・・!」 ばしん、と左之助は己の左の手のひらに、右の拳を 叩きつけた。 「まさか昨夜のうちに消えちまうなんてなあ。 巴さんまで一緒にどろん、だ」 似つかわしくない渋面で、弥彦が唸る。 せめてひと言、自分たちに告げていってくれてもいいではないか。 剣心も巴さんも水くさい。 (そりゃまあ、急いでたんだろーけどよ) けれど、剣心たちが京都へ、自分たちを置いて、行ってしまったと わかった時。 知ってしまった。 これ程悔しかったのかと。 こんなに、その存在が大きかったのかと。 がしがしがし。 思い切り頭髪を掻き回して、左之助は唸った。 「・・・このまま黙ってられるか、行くぜ京都!!」 「賛成」 むっつりと弥彦は右手を挙げる。 (あーゆー人間はこっちで掴まえておかないとダメだ) 弥彦は心からそう思った。 剣心が去ったと知って、薫は食欲もなく、焦点の合わない目で ぼーっと庭の桜を見ている。 (薫は、まだ、自分の気持ちに混乱して落ち込んでるし) (俺は、まだ、剣心に学ぶことが山と在るんだからな!) 自分はまだまだ中途半端だ。 弥彦は強くそう思って拳を握り締めた。 だがそれをあざ笑う声がひとつ。 「足手纏いだ、やめておけ」 いつかどこかで、しかもつい最近、聞き覚えのある声に 左之助と弥彦は振り返った。 ひょろ長い、痩せた男がひとり。 左之助たちのすぐ後に立っていた。 忘れもしない、この男は。 「斎藤・・・」 ■次へ ■『京都日記』目次へ戻る TOPへ |