左之篇/7

その夜、帰ってきた剣心の着物はぼろぼろで汚れていた。
巴は少し驚いたかのように瞠目したが、何も云わずに湯を沸かし、 彼の身体の汚れを拭き取った。
ありがとう、と幾度か剣心は口を利いたが終始無口で。
巴にされるがままだった。
「疲れましたか?」
返事を期待しないかのように、巴が独り言のように囁いた。
「・・・うん」
意外にもあっさりと応えて、剣心は巴の顔を正面から見据える。
巴はふわりと微笑んで、 剣心の顔にかかった数本の髪をその細い指先で掻き上げた。
「ごめん、戦って汚れたんじゃなくて。
 帰るときに・・・ぼーっと歩いてて、河原で転んだ」
「でもそんな風に『引きずる』相手だったのでしょう?」
剣心は何でもお見通しだな、と微かに笑うと。
とん、と巴の胸にその赤毛の頭を預ける。
「・・・赤報隊、だったんだ」
巴が小さく息を呑んだのがわかった。
するり、と剣心の指が巴の帯にかかる。
「ごめん、甘えさせて」
「・・・・・・そうすればもう“転び”ませんか?」
ゆっくりと巴を押し倒しながら、剣心が顔を上げた。
「うん」
巴が両腕を伸ばして、剣心の頬をに、そのたおやかな指で触れる。
「“その人”は・・・?」
「ちょっと手加減できなくて、病院行きに・・・」
巴は目を少し丸くした。
剣心が本気で戦ったのだ、その人間は相当な腕を持っているのだろう。

「・・・聴きますよ、全部」
巴は優しく笑むと、剣心の肩を抱き寄せた。

(そう、全部)
(あなたの吐き出すものを、全て)

ふ、とそれを合図のようにして、剣心が巴を抱き竦め。
その紅い唇に、己の唇を押し当てる。
軽くついばんだかと思えば、不意に深くして。
「・・・ん・・・っ、ふ、っ」
少しずつ巴の息が荒くなってゆくのにさえ、剣心は煽られる。
呑み込みきれなかった唾液が、唇から零れて首筋まで道を作った。
漸く唇を解放した剣心が、赤い舌先でその道を辿る。
ざらりとした舌先と、濡れた皮膚の感覚と。
そして剣心の唇から漏れてくる熱い息と。
「あ・・・だめ・・・」
それだけでもう酔ったかのように身体が高揚して。
巴は恥ずかしくて思わずその白い容(かんばせ)を両手の平で覆った。
剣心がそれを許さずに巴の両手首を握って、 真っ赤になった彼女の顔をさらけ出す。
そしてそのまま形の良い鼻梁へ軽く口づけた。
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