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左之篇/8
「・・・興奮した」 「?」 「まだ未熟だけど、アイツは強くなると思った。 ―――昂ぶったよ、久しぶりに」 「あな、た・・・」 剣心はそのまま巴のうなじに顔を埋めた。 「そう気付いたら・・・君の顔ばかり浮かんだ。 我ながら自分に嫌気が差したよ」 くぐもって聞き取りにくいその言葉は。 それでもしっかりと巴の鼓膜を震わせた。 愛(いと)しくて、愛(かな)しくて。 巴は剣心の頭を掻き抱く。 剣心の裡の、荒ぶる魂は。 彼の苦しみと後悔の根源でありながら。 消滅ではなく、抑えることしか出来ないことを。 ―――しって、いるから。 「よう、こんちは」 水を汲みに表へ出た巴の前に、 見上げてなお足りないほど背の高い青年が立っていた。 「あら、まあ」 つんつん尖った頭とか、額に巻いてある赤いハチマキとか。 ・・・これはもしかして。 巴は合点がいくとふわりと笑って会釈する。 「相楽左之助さんですね。 緋村に負わされた傷は、どうですか?」 左之助はまだ二、三か所ほど包帯を巻いてはいたが、 それを気に掛ける素振りは全くなかった。 ししし、と笑って「あんなの、かすり傷だよ」とあっけらかんと云い放つ。 そこへどかっと鈍い音がした。 左之助の横っ腹に拳を突っ込んでいる少年が、いつの間にか立っている。 「なぁにいきがってんだよ?」 少年―――弥彦はふん、と鼻で笑いながら左之助を見上げた。 左之助はへっとやはり鼻で笑いながら弥彦を見下ろしている。 しかし彼の頬はぴくぴく痙攣していて、 痛みを堪えているのか顔色も芳しくなかった。 (・・・それにしても緋村と戦ってこれだけで済むなんて) 巴は目前でぼかぼかと相手を殴り始めたふたりを前にして感心していた。 剣心が『人斬り抜刀斎』と知っても動揺を見せなかった少年。 己の間違いに気付き、 あっさりと神谷道場に顔を出すようになったという青年。 強い。 羨ましいくらい、剛(つよ)い。 そう云って笑っていた剣心の顔が浮かんだ。 ・・・わたしたちは、『此処』にきて良かったのかも知れない。 類い希な、人々と出会えたのだから。 かたかた。 下駄を鳴らして薫が息せき切らしてやってきた。 「こら、あんた達! 人の焼魚見て逃げ出して、巴さんトコにくるなんていい根性ね!?」 「え、いや、そろそろまともな飯にありつきたいかな、とか、よ?」 「なぁあんですってえぇ?」 「ま、待て! 違う、違う! たまには別のおかずが欲しいなー、とか!」 「・・・どうせわたしは一、二品しか作れないわよっ」 「いや、だから・・・」 たちまち賑やかになった場をにこにこと眺めながら。 巴は今夜の夕餉の材料を頭の中に並べると、 さてどうしようかしらと思案し始めた。 左之篇・完 ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |