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左之篇/6
それは初めて牛鍋なるものを食した日のことだ。 あまりに美味しかったので忘れたくても忘れられない。 エセ壮士が酔った挙げ句、暴れだし。 剣心ともうひとり、若い男が見事にそれを追い払った。 その男は確か。 ―――弥彦とよく似た頭をしていた。 (思いだしたら不愉快になってきた) 弥彦は思わず眉間の皺を深くする。 「・・・でもアイツは確かに喧嘩を買うとかどうとか云ってたけど、 わざわざ剣心の後をつけるようにも思えないけどなー」 「それは俺もそうだが・・・誰かに依頼された、とも考えられる」 困ったように剣心は天井を仰ぐと、大仰に溜息を吐いた。 どうしてこう次から次へと揉め事が湧いて出てくるのか。 過去の所業の応酬か。 それとも巴の云った通り、必要なことなのか。 「じゃ今日はアイツ、ずっと後付けて来てたってことか?」 「ああ。 だからわざわざ変な道筋を通ってはみたんだが」 それでだったのか。 合点のいった弥彦はよっこらせ、と立ち上がるとまた茶碗に飯を装った。 「弥彦、いくらなんでも食べ過ぎでは?」 「それよりもさ、ソイツ、撒けたのか?」 おかずはすでになくなっていたので、 弥彦は漬け物だけでまた平然と食べ始めた。 剣心は呆れたように微笑んで、「ああ」と返事する。 しかしどこか歯切れが悪いのを弥彦は見逃さなかった。 「・・・何か気にかかんのか?」 剣心はうーん、と唸りながら軽く首を捻る。 「―――どうもこう、べったりと嫌な予感が消えなくてな」 剣心の予感は当たっていた。 剣心と弥彦が話題にしたその男『相楽左之助』は。 「方向音痴」だが、運だけは上等に良い人間だったのだ。 「・・・あちゃ・・・」 弥彦はそれこそ顎が外れるくらい大きな口を開けて驚いた。 満腹で機嫌良く剣心の家から出て間もなく。 ―――ばったりと『悪』一文字を背負った 背の高い青年に出くわしてしまったのだ。 薫もすぐには思い出せなかったようだが、やがて大きな瞳を零れんばかりにして 「あーっ!」と声を上げた。 「食い逃げ男!!」 怖いもの知らずの彼女は堂々と大声でその科白を叫ぶと、 はっとして思わず口を塞ぐが、すでに遅し、である。 「・・・まあ、それは、いずれ払う!・・・として、だ」 左之助はややばつの悪い顔をしたが、自分が相楽左之助、 斬左であることを名乗ると弥彦と薫を無視して、剣心に喧嘩を売り始めた。 「ったくよ、おめぇの住まいを探し出そうとしたら道に迷っちまって どーしようかと思ったが、 こうしてばったり行き会うのもやっぱ縁ってヤツだよなあ。 喧嘩、しようぜ・・・緋村抜刀斎!」 あっさりと弥彦に剣心の過去を曝し。 左之助はにやりと笑った。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |