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左之篇/4
(薫は薫で、自分が動揺しまくりの原因を解ってねえみたいだし) 薫が巴を前にして緊張したり、落ち込んだりしているのは、 彼女が剣心を意識しているからだ。 その自覚が無いために、薫は余計に戸惑っている。 (剣心も、その辺りをきちんと把握しといてくれなきゃな。 もういい歳なんだから) しかし剣心はというと、どう考えても和やかな会食を見守っている、 といった様子で。 薫の乙女心に微塵も感づいていないようだ。 まあ、これは薫の自覚がないのだから致し方ない。 (問題は・・・) 弥彦は「おかわり!」と五回目の茶碗を突き出しながら、 涼やかに微笑んでいる巴の、美しい横顔を見る。 (この女性(ひと)は、薫の気持ちに気付いてるんじゃあ・・・) 「弥彦、あんた食べ過ぎだわよ。 少しは遠慮なさいよ!」 いきなり薫が弥彦の茶碗を取り上げた。 「いいじゃねーか、美味いんだし!」 「そのお腹、見なさいよ。 みっともないったら・・・」 (こんなにバ薫の事で悩んでやってるのに!!) 弥彦はむくれて薫から顔を反らした。 「まあ、まあ、薫殿。 弥彦は育ち盛りだしこのくらい食べても・・・」 と柔らかく取りなしたが、薫もすでにむっとして 不機嫌きわまりない顔になっている。 「ごちそうさま」 まだ食している剣心と弥彦に構わず、薫は箸を置いた。 すると巴が「悪いんだけれど」と、薫に間髪入れずに声を掛けた。 「男性方はまだのんびりお食事のようだし、 後かたづけを一緒にやっていただけるかしら?」 薫は少し驚いて目を丸くしたが、すぐさまにこりと笑うと頷いた。 「ええ、かまいせん、こんな美味しい食事を頂いたんだし」 「・・・ありがとう」 巴はすいと立ち上がると、剣心へ「あなたはゆっくりしてくださいね」と囁き、 薫とともに部屋を出る。 危なっかしげに空の茶碗や小鉢を懸命に運ぶ薫を見遣りながら。 巴はなんて微笑ましい少女だろうと思った。 (真っ直ぐで、心根が綺麗。 あの人が気に入るわけだわ) 「薫さん」 薫が小鉢を置いてほっとした頃合いを見計らって。 巴は声を掛けた。 「はい?」 薫は自分よりやや上背のある巴を、見上げるようにして首を傾げる。 「・・・いきなり呼び出して食事だなんて、落ち着きませんでしたか?」 薫は大きな瞳をぱちくりさせて。 やがて自分の緊張が傍目にも露骨であったことに思い至って、顔を赤くした。 「ご、ごめんなさい、わたし・・・っ」 巴は小さく首を振ると「気になさらないで下さいね」と微笑った。 「わたしが是非あなたたちに会ってみたいと緋村に我が儘を云ったせいで、 要らぬ気を遣わせてしまって、申し訳なく思ってます。 ちょっとした事情であの人はわたしの存在を あまりおおっぴらにしたくなかったものだから、 なかなか伝(つて)が取れなくて」 「え・・・?え・・・?」 事情ってなんだろう? 会いたかったってどうしてだろうか? 薫は訳が解らなくて目を瞬かせた。 「・・・『抜刀斎』ではなく『流浪人』として緋村をみてくれたわね」 「あ・・・っ」 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |