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斎藤篇(前)/8
剣心は“薬売り”の手首を弾いた指をひらひらさせると、 相変わらずにたにた細い目で笑っている自称“薬売り”を睨め付けた。 「・・・そのわざとらしい眼(め)はやめろ」 ドスをきかせているわけでもないのに、背筋が凍る声。 しかし“薬売り”そんな声にも、そして周りの三人の ぴりぴりした空気にも平然とした態で。 剣心の目の前に翳してた薬包をそのまま彼の膝に落とした。 「・・・遊び心がないな、抜刀斎」 剣心はちらりと薬包を見遣ると、そのままこくりと茶を飲んだ。 「あまり、挑発するな」 「・・・そうか」 また、にたり、と笑うと“薬売り”はどかりと腰を下ろす。 「四乃森蒼紫と闘ったらしいな。 昔のカンは戻ったのか」 「お前には関係ない」 剣心は素っ気なく答えると視線だけを薫たちへ向けた。 そしてふう、とひとつ息を吐くと。 「すまない、仕事仲間だ」 「え・・・?薬屋さんがお仕事仲間?」 薫が零れんばかりに目を大きくして聞き返した。 剣心と“薬売り”が同時に薫を見つめる。 弥彦が苦虫を噛み潰したような顔をして。 左之助は今にも吹き出しそうになるのを堪えている。 「・・・あら?ち・・・がった?」 さすがにその場の空気が妙なことに気づき、 おずおずと薫が訊ねると、剣心は「少し違う」と、 にこやかに答えた。 「“薬屋”の格好は大嘘だ。 本業は警察官」 「「「え!?」」」 信じられない、といった三人の声。 糸目の男が、さらに目を細くした。 「・・・名は“藤田五郎”。 だが“斎藤一”、と紹介した方が早いかな」 「「「ええええっ!?」」」 ―――真っ昼間の道場に、まるで雷が落ちたかのよう。 襖をぴたりと閉めて。 剣心と斎藤はなにやら密談らしきものを始めた。 新たに草餅を運んで、縁側で三人は茶を啜る。 「仕事仲間って云うけどよ、なんか殺気立ってたよな?」 弥彦は三つめの餅に白い前歯で噛み付いた。 「あ、おめーもそう思う? なんってゆーかよ、真剣持ってただろ、あの薬売りもどき」 左之助も一口でひとつ餅を平らげながら頷く。 「あんた達、人の餅をまあ遠慮もなしに・・・図々しい!」 ぷりぷり怒りながら、薫は剣心達が何をしているのか気になるようだ。 そわそわと腰が落ち着かない。 「ちょっと落ち着けよ、薫」 弥彦が呆れてそう云うのだが、薫は意に介さない。 「だって、ね、あの人がここへ来たのってお仕事の話じゃないの? 剣心の仕事って、頼まれたらどこへだって行っちゃうんでしょ?」 薫は剣心が離れてゆくことをやはり心配している。 弥彦にはよくわかるが、気休めでも剣心がずっとこの地に 踏み留まるとは、薫には云えなかった。 「・・・近場の仕事かもしれねーだろ。 大体、気にしても始まんねえし」 薫がぷう、と頬を膨らませてたかと思うと。 「弥彦のばかああ!」と正拳突きがあっと今に飛んでくる。 身体が吹っ飛ぶ弥彦を尻目に、左之助は残りの餅を口に放り込んだ。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |