斎藤篇(前)/7

左之助はそれを見送りつつ、首をこきりと鳴らした。
「剣心が、風邪って・・様子みてやっかな」
ぽりぽりと鎖骨辺りを掻きながら、左之助は薫の許可なく 神谷道場へ入っていく。
「こら〜、左之助!!勝手にどこ行くのよ!?」
背中の向こうから薫の怒声が届く。
めんどくさそうに振り返ると、薫の後には通りがかった 薬屋が付いてきていた。
こっちですー、と薫は暢気に薬屋を案内するが、 ちらりと自分の顔を見遣ったその視線に、 左之助はちりちりとした嫌な空気を感じる。
(なんでえ、あいつ・・・)
まるで何かの眼(め)のようだ。
はて、何だったろう?
左之助が首筋に手を当てて考えていると、 薫が剣心と弥彦の居る部屋の襖を開けた。
「剣心、具合悪いって云うから薬屋さん連れてきたわ。
 症状に合う薬があればいいんだけど」
「か、薫!?」
いきなり登場した少女に、弥彦は餡を口元につけたまま後退る。
(ど、どうしてこいつは、こんなに唐突に登場すんだ!?)
剣心は、と弥彦が見遣ると彼は何故か目を細めて薫の開いた襖を 見ている。
「お、おい・・・」
どうしたんだよ、と声を掛けようとして。
弥彦も襖の向こうの気配を察した。
(誰か居る・・・?
 ああ薬屋って薫云ってたな)
それにしては、隣の剣心の冷静さが弥彦には気になる。
あぐらを掻いて、湯飲みを手にして、剣心は動かない。
動かないどころか、呼吸しているのか怪しいくらいに“静か”だ。
「あのね、聞いてる?剣心。
 薬を・・・」
だんまりの剣心に痺れを切らして。
薫が再度症状を訊こうとした時。
がら、と襖が勢いよく滑った。
「お客様にはこのお薬とかどうでしょうか?」
聞き慣れぬ声と共に黒い影がするりと部屋へ入り込む。
それはまるで電光石火と形容するにふさわしかった。
「「え?」」
薫と弥彦が呆気にとられた声を上げた時。
剣心の目の前に、痩身でひょろりと背の高い男が立っていた。

「・・・・・・」
剣心の眼前に突き付けられている小さな包み。
細い目をますます細めて、その“薬売り”はにたりと笑う。
「石田散薬、よく効きますよ」
剣心は瞬きすらせず、腕をすいと上げると“薬売り”の散薬を持つ右手首を ぱん、と弾いた。
「―――誇大広告だな」
その抑揚のない剣心の声音だけで、薫と弥彦、 そして縁側に座っていた左之助は気が付いた。
(((剣心が抜刀斎化してる!!)))
ということは、つまり。
この“薬売り”は。
(((危険人物!?)))
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