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斎藤篇(前)/6
「あれえ、剣心ったら元気ないね」 ぱたぱたと薫が小走りで近づいてくる。 「おや、薫殿」 叩(はた)きをかけながら、剣心が振り返る。 隣で廊下の雑巾がけをしていた弥彦も、それに倣うように 顔をこちらへ向けた。 「薫、もう出稽古終わりかよ」 弥彦は伸びをしながら訊ねると、薫はこくん、と頷いて。 そしてまたぱあ、と顔を綻ばせる。 「あのね、妙さんや燕ちゃんたちとお花見でもしない? 誘われたの」 「花見かあ、美味いもの食えそうだな」 「もう!弥彦は食べることばっかりね!」 いーっと白い歯を見せると、薫はまた剣心へ振り向いた。 「ね、剣心、巴さんも一緒にどう?」 巴、という言葉にびくりと肩が一回揺れたが、しかし 剣心はにこりと笑い返してどうしたものかと頭を掻く。 「え、いや、そうだな・・・どうしようか」 「なんか歯切れ悪いし。 やっぱどっか具合悪いの? 気のせいか汗も多いようだし・・・」 「えーと、その」 「あー、剣心ちょっと風邪ひいてるみたいだぜ?」 「え?そうなの!?」 「いや、その、あの」 「花見の話は後にして、休んでもらえよ、薫」 「そう、そうね! このところ色々雑用してもらったから」 「うん、そうだよな!(バ薫、こき使いすぎなんだよ)」 ・・・弥彦の機転のおかげで、剣心はとりあえずその場を退場することが 出来たのだった。 しばらくして、草餅をふたつ程並べた皿を持って弥彦がひょっこり 顔を出した。 「よぉ、食わね?」 剣心はぼんやりと中庭の小さな桜を眺めていたが、 弥彦に気づき、にこりと笑う。 「弥彦、先ほどはかたじけない」 「いいって!いいって!」 剣心の悩みの正体は粗方予想つくし。 そう云いながら弥彦はどさ、と剣心の横に腰を下ろす。 「・・・わかってるはずだったんだけどなあ」 剣心がほう、と溜め息を吐いた。 あの時はああするしかなかった。 ちゃんと巴には説明するつもりだった。 だのに。 「云い出せなかった、な」 弥彦ははぐはぐと餅を頬張りながら、第三者的 冷静な分析を続けていた。 剣心は、戦いの場に置いて『剣士』になる。 蒼紫との激闘をこの目で見たからこそ、それがよく解るのだ。 そして剣心はその事実を巴になるたけ、晒したくないのだ。 ―――それこそ、無意識に。 おそらくその事実(こと)が、己と巴との絆を崩壊させる要因になってしまう 危険性を充分に孕んでいるから、なのだろう。 (正直、怖かったもんな) 強くて、激しくて、身体が打ち震えた。 そして、その剣気にやたら喉が渇いて生唾を呑み込んだ。 (強いってそういうことなのかな) 自分を引きつけて止まないのに、どこか拒絶を感じて、怖い。 (だけど) それでも自分は。 彼のように、なりたい。 「・・・剣心、も一個、餅食べっか?」 はあ?あの剣心が風邪? ぼりぼりと頭を掻きながら左之助は門の前で 薫と会話していた。 今日も夕餉のおこぼれに与ろう、と神谷道場を覗いたら。 「下手したら俺より頑丈そうなのになあ」 「やめてよ〜、あんたみたく打たれ強いのがウリな 人間に云われたくないわ!」 「相変わらずきっついぜ、嬢ちゃん」 と、薫が通りの向こうに目を止めた。 「あら?あれ薬屋さんだわ。 ちょうど良いわ!何か剣心に効くかも!!」 たた、と薫が小走りでその人影に近づいていく。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |