斎藤篇(前)/4

「すまなかった・・・!」
剣心は額を畳に押し付けるようにひれ伏した。
「・・・・・・あなたは」
巴の右の手のひらが、ぽんぽん、と剣心の頭を軽くはたく。
「あなたは、わたしが心配すると思って 云い出しにくかったのでしょうけど」
そうして今度は、子どもを落ち着かせるかのような動きで、 まだ低いままの彼の頭をそっと撫でて。
「知らされない方がずっと」
すっと巴の身体が動いた気配がした。
ようやく剣心が顔を上げると、彼女は彼から顔を 背けるように目蓋を伏せて。
「ずっと、心配するし、哀しい、ですよ?」
「―――ごめん」
のろのろと剣心は腕を伸ばして、巴の頬にその 指を這わせる。
「ごめん、巴」
「逆の立場なら、あなたはわたしを叱るでしょうね」
「そう、だね・・・」
云い返す言葉もない。
彼の指先は巴の頬に触れたままだ。
巴は黙り込んで、剣心の好きにさせていた。
剣心はやがて思い切ったように巴を自分に引き寄せ、 その柔らかな肢体を抱き込む。
あんまり情けない顔をしているので 巴は彼の頬をつねってみた。
「・・・いだっ!ちょ、ちょっと・・・!」
「あなたは口は上手いけれど、真実を見せることはどうにもこうにも、 ダメ、ですね」
「あ、ててっ!わかった!わかったからっ!!」
やっとその指を離して、 巴は今度は剣心の首に腕を回す。
「・・・じゃあ、もう間違わないでくださいね?」
「―――うん」
ぎゅっとそのしなやかな背を抱き込んで、巴は囁く。
「あなたは、わたしだけの、もの」

あなたの理念や正義や志は解っているから。
それらがあなたの生命を奪うことがあっても。

「あなたの帰るところは、わたし、ですよね?」
「―――ああ」
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