斎藤篇(前)/3

動きが固まった剣心を見て、巴はどうやら彼が真相に 辿り着いた事に気づいた。
さて、どう切り出すのやら。
黙(だんま)りを押し通して様子伺いだ。
剣心は剣心で、原因に気づかなければ良かった、と 心底後悔している。
(・・・遅かれ早かれ知られることだったし。
 あのやたら情報通な縁も居るし。
 けれど触れずにいられたら、その方が良かったなあ・・・)
ややいじけて思考しながら、きっと左之助あたりが 漏らしたに違いないと、この場では要らない洞察力を発揮したり。
剣心は心の内でせわしかった。
しかしあえこれ考えあぐねても、答はひとつしか 思い浮かばない。
本当は自分の口で、ちゃんと巴に伝えなくては ならなかったのだ。
・・・幾ら云いにくいとはいえ。
漸く決心して、剣心は俯き加減だった面(おもて)をあげる。
そしてそこに。
無表情で正座したままの巴を見た。
気のせいか背後で闇がどろどろと渦を巻いてるような・・・
「ご、ごめん!
 俺が悪かった!!」
これ程不機嫌な巴は何年ぶりだろうか。
とにかく誠心誠意謝るしか、剣心には手立てがなく。
本当に心の底から謝罪する。
巴の両眉がやや下がり気味になった。
ふう、と小さな溜め息を吐いて、それから 頭を下げたままの剣心の髪をつん、と 引っ張ってみる。
「・・・何について、謝ってらっしゃるんですか?」
つん、つん。
数本の赤い髪が、張ったり緩んだりしている。
「・・・蒼紫との戦いの折りに、」
顔を上げようにも上げられぬまま、剣心は 奥歯を強く噛み締めた。
「まだ三日しか経ってませんね」
「・・・三日も云わなかった、ごめん」
つん、つん、つん。
「―――ごめん、“命”を取引にした」
「取引というのは、互いに利益を生む場合でしょう。
 あなたは一方的にご自分を標的になさった」

わたしに断りもなく。

言葉にしなかったけれど、そんな彼女の声がはっきりと 剣心の耳に届く。
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