斎藤篇(後)/9

本来の目的を忘れて、ふたりは口喧嘩を始めてしまった。
どうしようかと剣心が思案し始めたその時。
カラコロと下駄を鳴らして、恵が顔を覗かせた。
「剣さん!話は聞きましたっ!」
「め、恵殿・・・」
何故か恵から不穏な空気を読み取って、剣心は焦った。
(なんだ?怒ってる・・・の、かな?)
恵はといえば、自分の知らないところで、 斎藤やら京都やら、と深刻な状況になっているのがとても 気に入らなかったのだから、致し方ないだろう。
口汚く罵り合っていた薫と弥彦も、恵の醸し出す冷たい何かに、 ぴたりと喧嘩を止めてしまう。
「め、恵さん・・・おはよう」
「もうかなり陽は高いわよ?」
引きつりながら挨拶すれば、ぴしゃりと嫌みを返された。
ひく、と薫の頬が歪む。
「そ、そういえば恵さんは誰から剣心の話を聞いたの?」
めげずにふと思い至った疑問を訊けば。
ほほほ、と恵は口元を隠して高笑いした。
「そんなの、どこぞの馬鹿に決まってるじゃない」
((左之助だ))
薫と弥彦は瞬時に解答を導き出し、剣心は(左之しか心当たりが ないな)とひとりでふむふむと納得する。
その様(さま)はどこか滑稽だ。
「それよりも!」
くるりと剣心へ向き直り、恵は気持ちばかり背の低い剣心を 心配そうに見遣った。
「また、危ない仕事みたいですね。
 観柳みたいなのが霞むくらい」
剣心はまあまあ、と恵を落ち着かせるかのように 手を振って笑った。
「そうだろうけど、斎藤も不本意ながら一緒だし、 負担はさほどでもないかと・・・」
「いいえ!」
ずい、と恵は身を乗り出す。
「あの新撰組の斎藤と一緒なんでしょう?
 わたしはよっぽどその方が心配です!」
「は、はあ・・・」
剣心の反論を許さない恵に、薫は尊敬すら覚えた。
「剣さんはもっと自分の身体のことも考えて・・・」
「大丈夫だから」
云い募る恵に、剣心はいつもの穏やかな笑顔を向ける。
「危険だし、心配なのはもっともかもしれないが。
 俺は、大丈夫だから」
「剣さんったら・・・」
剣心の言外に潜む、その決意の強さに。
恵は小さく肩を落として、困ったように笑う。
それは薫や弥彦にも伝わったようで、その場に一瞬 沈黙が降りた。
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