斎藤篇(後)/7

「ねえ、弥彦。
 あれ剣心じゃない?」
薫がふと庭を指す。
一番大きな樹の影で、赤毛が揺れた。
「ほんとだ・・・あれ?今朝は出稽古でもあったか?」
「ううん」
(もしかして)
昨日の今日だ。
あの斎藤とかいう男、やはり何か・・・
薫はその疑念を打ち消すように、明るく声を掛けた。
「けんしーん!おはよう!!」
もう一度、赤毛が揺れて。
木陰から覗く人の良さそうな笑顔。
「おはよう」
「・・・どうしたの?朝早くから」
剣心は薫たちの方へと、ゆっくりと歩み寄る。
すると薫は、少し戸惑うような表情(かお)になった。
弥彦はそれを横目で見ながら溜め息を吐くと、縁から沓脱(くつぬぎ)石の 上にとん、と降りた。
「何か用なんだろ?」
にこ、といつもの柔らかな笑みを、剣心は弥彦へ浮かべる。
(この子は、短期間でぐんぐん成長してゆく)
頼もしくて、どこか淋しい気が、剣心はした。
「・・・昨日の、件を詳しく、ね」
微かに肩を揺らした薫のすぐ側に、腰掛け。
剣心は弥彦にも座るように目配せをして、そう云った。



「しばらく留守にするって?」
女は残念そうに唸った。
彼女は剣心と巴の部屋の、大家に当たる。
しかし女はすぐに気を取り直して言葉を続けた。
「あんたらはいい借り手さんだったのに。
 でもまあ、仕事なら仕方ないねえ」
「・・・はい。
 もしかしたら長くなるかもしれませんが、その時は ご連絡します」
頭を下げる巴の肩を、ぱんぱん、と女は叩く。
「そうだね、待ってるよ。
 大体こんなボロ屋、そうそう借り手もいないしね」
かかか、と大声で笑うのが、小気味よかった。
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