斎藤篇(後)/5

「巴」
剣心の指先が、巴の頬に触れる。
「でも四乃森蒼紫とのことは、怒ってもいいですよね?」
少し冷えたその指先に、首を傾けながら。
巴は拗ねたように剣心を見遣った。
剣心は困ったように笑うと、空いていたもう片方の腕で巴を 引き寄せる。
巴も抵抗無く、剣心の胸に凭れた。
そうして温かな彼の鼓動を、とくりとくりと耳で確かめるように 顔をすり寄せる。

「抱き締めて、あげようって」
「え?」
「帰ってきたら、抱き締めよう、って、ほんとは」
―――本当は、そう決めてたんです。
消え入りそうな言葉は果たして剣心に届いたのか。
少し目を丸くして。
少し顔を赤くして。
剣心は巴を抱く力を強くした。
彼女の華奢な肩に顔を埋めたせいで、 くぐもった声が響く。
「・・・俺を嬉しくさせるの、上手いよね、いつも」
ぎゅ、と巴が剣心の背を握ったのがわかった。
「それは、あなたもですよ?」
はにかんだ巴の応えに、剣心は顔を上げると。
瞳を潤ませた巴が静かに自分を見つめていた。
「心配ばかりさせてる。
 たくさん我慢させてる。
 それでも・・・巴」
傍に、という言葉は唇を彼女に同時に重ねることで。
喉の奥に消えた。



夕餉が冷めて、匂いが薄くなってゆくのがわかる。
ちら、と頭の奥で巴はそんなことを考えたけれど、 呼吸もままならない口付けに、そんな思いはすぐに消えた。
幾度も幾度も蹂躙される。
優しさの欠片もなくて、ただ求められる。
そんな理性のない行為に、自分も溺れて。
いつの間にか離れようとする相手の舌を、 縋るように追いかけて。
ふたりで縺れ合いながら、幾度も幾度も。
「・・・は・・・っ、ふぅ、んっ」
目眩がする。
苦しくて熱くて、互いが互いの顔を両手で挟んで。
―――逃(のが)さない。
■次へ
■『東京日記』目次へ戻る

TOPへ