斎藤篇(後)/3
「あなた方は、“ふたりであるべき”だと心の何処かで納得してるの。 ・・・あなた方は、そういう存在なのだから」 ゆっくりと巴が顔を上げる。 相変わらず優しい微笑を向ける時尾は、斎藤や剣心のような男と 添いとげてゆく厳しさや困難さをよく知っている女性だった。 その意味では巴を一番理解してくれているのかもしれない。 「―――時尾さんに、そんな風に思われてたなんて。 初めて知りました」 巴は面映ゆそうに笑う。 「だって、ほんとに怖いと思うし。 そして羨ましいとも思うんだもの。 こんな複雑な感想は、云い出しにくくてよ?」 すみません、と小声で巴は答え頭を下げた。 自分たちの知らないところで、きっと時尾は自分たちのために 動いていてくれたに違いない。 あの斎藤が剣心とともに幾つかの任務をこなしたことからも、 推測は出来ていた。 時尾は「緋村さんの帰るまでにいなくならないと」と笑いながら 腰を上げ。 そして巴の肩をそっと叩いた。 「ご自分を信じて。 緋村さんを信じて。 そうしてふたりで生き抜いて、 その姿をわたしに見せつけてくださいな」 ふふふ。 悪戯っ子のように肩を竦めて。 時尾は笑った。 陽も落ちて、そろそろ明かりがなければ人の顔も 見えにくくなると思われる時分に。 そろりと剣心は我が家へ帰ってきていた。 「・・・よし!」 密かにこっそりと気合いを込めて、己の頬を両手でぱん、と 叩いてみる。 「た、だいま・・・」 気合いの割に小さな声で剣心は戸を引いた。 ふわり、と夕餉の匂いが立ち籠める。 (・・・美味そう・・・) けれど今朝のように、心なしか辛めのみそ汁とかだったりするのだろうか? (こんなにいい匂いなのに) 「ただいま、巴」 剣心はもう一段階声を大きくして帰宅を告げた。 覚悟は出来ている。 蒼紫のことも、志々雄のことも。 ぱたぱたと軽い足音がして。 「おかえりなさいませ」と、巴が顔を出した。 いつもと同じ優しげな微笑を浮かべながら、 足を拭く手拭いを手にしている。 (普段と、変わらない・・よな?) 剣心はこほん、と小さく咳払いして。 「ただいま」ともう一度云った。 そしてそのまま「話がある」と続ける。 巴は黙って剣心の足を拭いていたが、それが終わると顔を上げて 剣心を見た。 「・・・わたしに、ですか?」 「うん、“巴”に」 「―――はい」 巴はこくりと頷いて。 やはり変わらぬ微笑みを浮かべていた。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |