斎藤篇(後)/2
ふたりはただ取り留めのない会話を暫し続けたが、 やがて時尾は「ところで」と崩れた膝を整え、正座した。 「・・・ところで斎藤は緋村さんに会いに行きましたよ」 「え?」 弾かれたように巴は顔を上げた。 斎藤がわざわざ剣心の元に現れる理由はたったひとつ。 「詳しいことは緋村さんから聞いてくださいな。 わたしが出しゃばるのは緋村さんも良しとしないでしょう」 時尾は微笑みながら、うなじの後れ毛を撫でつける。 巴は少し強張った顔に、なんとか笑みを浮かべた。 「・・・難しそうな、お話なのですか?」 「ええ・・・おそらく」 「そうですか」 巴はゆっくりと今居る部屋を見回した。 半年以上はここに居た。 置いてある物は少ないけれど、それなりに愛着もある。 ああ、それでも。 荷を纏めるのは、ちょっと大変になるかもしれない。 「あらやだ、もうお引っ越しなさるつもり?」 巴の様子を見て、時尾はあっからかんな声を上げた。 「・・・あ、すみません」 仕事の内容もよくわからないのに、いろいろ考えていた 自分が恥ずかしくてぽ、と頬が染まる。 時尾は構いませんから、気になさらないでと笑いながら告げた。 「本当にあなた方はふたりでひとりなのね」 ころころと心地よく響く声。 はっとして顔を上げると、 少し困ったような表情で、時尾が巴を見ている。 「あ、の・・・変ですか?」 夫の任務先にことごとくついて行くことは、 確かにこの世界では珍しいだろう。 そう理屈では解っているのだが。 「いいえ、羨ましいですよ。 だけれど、ちょっぴり怖いとも思います」 「・・・・・・」 時尾は酷く優しい瞳をしていた。 まだ小さな彼女の息子へ向ける視線は、こんな風なのかもしれない、 とぼんやり巴は思う。 「足手纏いどころか枷にも等しいのに。 あなたたちはふたり共にあることに固執する。 わたしなら、斎藤とどこまでも一緒なんて怖くて、 二の足を踏むどころかつま先すら向けられません。 そしてそれが、正しい選択でもあることも解ってます」 巴はそうっと目を伏せて、ただ時尾の言葉を聞く。 「・・・そう、理屈では思うんだけど」 時尾はふふふ、と小さく笑った。 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |