斎藤篇(後)/1
外は快晴。 古くてこぢんまりした長屋の一角から、微かに それでいて華やかな笑い声が漏れる。 「ほんとに東京に来たのなら、連絡してくれればよかったのに」 柔和な目尻を、更に優しげに下げて。 時尾がころころと喉を鳴らした。 「すみません、いつかは、と思ってはいたのですが」 「ふふ、気になさらないで。 緋村さんは、うちの斎藤にちょっかい出されたくなかったんでしょう」 巴は困ったように小首を傾げて。 「ええ、まあ・・・」 と云い淀む。 犬猿、どころではない。 下手したら殺し合いを始めてしまうようなふたりなのだ。 「まったく、あのふたりはよく似てて困るわ、ねえ?」 あっけらかん、と時尾は云い放ったが、その内容は実は空恐ろしかった。 “刀”を振るうことで生きてきた、男たち。 顔を付き合わせれば殺伐となるのは、同族嫌悪、なのか? 「似て、ますよね・・・」 即座に賛成する巴も巴だ。 「ああ、でも緋村さんはいつまでもお若くてうらやましいわ! 斎藤もあんまり変わらないけど、あれは最初っから老け顔だったのねぇ」 ほう、と大きな溜め息を吐いて、時尾が頬に手のひらを当てた。 「大体斎藤も牙突!とかじゃなくて、飛天御刀流でも囓ってればもう少し 若かったかも」 「そう、でしょうか」 「・・・そうだと、思うんだけど? 巴さんはそう思ったことない?」 「で、すね」 やっぱり賛成してしまう、巴も巴だった。 「あ、それでね、あれ実家からのお野菜。 たくさんあったから御裾わけ」 どん、と土間に置かれた籠を指して、時尾はにこにこしている。 「いいんですか?あんなに・・・」 「斎藤も家に帰らない日が多いし、余っちゃうから」 「お忙しいんですね」 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |