斎藤篇(前)/2

ここにいたって剣心は漸く巴が怒っているのではないかと 思い当たった。
無表情は昔から彼女の得意技であったが、 その無表情のあちこちを綻ばせて、彼女は 剣心に本当(こたえ)をちらつかせている。
剣心は頭の中をぐるぐるさせて、巴の不機嫌の原因を 探し始めた。
すでに食事はそっちのけである。
「あら、食が進みませんか?
 どこかお加減でも悪いのですか?」
「(思考中断)え?あ、いや、そんなことはないから!
 大丈夫だよ(思考開始)」
「・・・すみません、それではお食事がまずいのですね・・・」
「(思考中断)え?え!?そんなことないから!美味しいよ!」
「・・・・・・ぷっ」
「へ?巴さん・・・?(今吹き出した?)」

まったくこの人には敵わない。
巴は肩を震わせて笑いを堪えていた。
人斬り抜刀斎として畏れられていた彼の、 こんな一面を見せられては、怒るものも怒れないではないか。
「と、もえ・・・さん?」
何を笑っているのか、いやそれ以前に何を怒っていたのか、 未だ見当の付かない剣心は戸惑ったように彼女の 小刻みに揺れる肩を見つめるばかり。
「とーもーえー?」
降参とばかりに剣心が情けない声を上げた。
こと、と小首を傾げて。
さらさらと長い黒髪が流れて。
巴の肩が漸く揺れを収めた。
「・・・はい、何ですか?」
それは見慣れている剣心でさえ、はっとするほど 綺麗な笑顔だったので。
数瞬、剣心は見惚れてしまった。
「えー・・・と、その。
 (腹括れ、俺!)
 ごめん、何を怒ってたんだ?」
僅かに眉を動かして、巴は聞き分けのない子どもを あやすような表情をした。
そして剣心は唐突に悟ったのだ。
朝餉の味付けが微かに辛かった理由(わけ)を。
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