斎藤篇(前)/1

(あれ・・・?)
久方ぶりにゆっくりと巴の作る朝食に箸を付けていた。
ふわん、と柔らかな卵焼きを小さく切り取って一口。
ほんの僅か、いつもの味と違っている。
(心なしか辛いかも?)
しかし気を取り直して、今度はみそ汁をずずっと一口。
(あれ・・・?)
ずず。
もう一口啜る。
(やっぱり辛い・・・かも?)

ぱたん、と箸を置いて。
そっと剣心は向かいに座っている巴を見た。
いつもの落ち着いた表情で、綺麗に箸を動かして。
(あ・・・れ?)
それなのにどこか怖い気がする。
長年連れ添ってきた剣心だけがわかる、その静かな静かな感情。
「巴・・・巴さん、あの、さ」
巴の白い目蓋がぴくりと動いた。
相変わらず美しい箸の動きが止まることはなかったが。
(巴“さん”、ですって・・・)
剣心は無意識にさん付けしたのだろうが、 巴にはそれが妙に小賢しく思えた。
(時々出る、悪い癖ね)
まあ、そんなところが可愛くもあるのだが。
巴は黙々とおかずを口に運びながら、気配で剣心の 様子を窺った。
剣心は切り出そうか云うまいかと迷った風だったが、 やがて茶碗も箸も置くと、思い切って訊ねる決意を固めた。
もちろん心臓はバクバクと跳ね、その五月蠅さは 剣心が今後どれ程強い敵と 相対してもこうはならないのではないか、と思われる程だ。
「あの・・・少し味付けが辛くなってると思うんだけど・・・」
しかし巴は歯牙にも掛けてはくれなかった。
「そうでしょうか?気のせいでは?」
「・・・あ、そう・・・だね」
■次へ
■『東京日記』目次へ戻る

TOPへ