上京篇/2

剣心は困ったように笑いながら背を丸めた。
巴が穏やかに微笑みながら、その細い背中に右の手のひらを置く。
「十一年・・・・・・
 こうやって傍に居て、見てきたんですから・・・」
「―――うん、居てくれて、有り難う」
くす、と巴が息で笑ったのが解る。
「まだ“痛い”ですか?過去が」
剣心の背が小さく揺れた。
「君も、“痛い”だろう?」
する、と巴の手が剣心の肩を通りそのまま腕を滑り落ちてゆく。
「ええ、けして消えません」
やがて彼女の手は剣心の指先に辿り着いた。
「・・・俺も、消せない」
己の指に絡んだ彼女の細い指を。
剣心は強く握り締める。
「全て、抱えてゆくと誓った・・・君に」
「全て抱きとめると誓いました・・・貴男に」
そうやって。
流れた年月は、とても重くて、とても愛おしくて。

巴が剣心の背にゆっくりとしなだれた。
心地よい体温の浸透を剣心は暫し受け止め、目蓋を閉じる。
もしかしたら喪っていたかもしれないその温もりを、 こうして享受できる事が。
とてつもない幸福であることを、彼は知りすぎている。
「巴・・・」
絡んだ指をそのままにして、剣心は彼女の身体を抱き寄せた。
ゆっくりとその紅い唇に己の唇を押し当て、徐々に深く重ねてゆく。
湿った音が断続的に鼓膜を刺激して、反応した巴が頬を赤く染めた。
騰がり始めた体温に剣心も夢中になってゆく。
やがて、しゅ、と後ろで帯がほどかれた音がしたかと思うと、 巴は自分が床に仰向けになったことに気づいた。
「・・・今日はお疲れ、では?」
か細い声で訊けば剣心が悪戯っ子のような表情(かお)で笑う。
「ごめん、疲れてない」
巴の真っ黒な瞳が見開いて、やがて優しく潤んだ。
「仕方のない人ですね―――」
口ではそう云いながら、求められて嬉しくないはずはない。
巴は白く細い指を伸ばして、剣心の左頬を撫でる。
さらさらと赤みの強い髪が爪に引っかかった。
それが合図のように剣心が首筋へ唇を寄せる。
「・・・あ」
耳朶の真下の、柔らかな部分は巴が敏感になる場所だ。
剣心の唇がそのままうなじを滑り、肩を滑り。
左手がゆっくりと、襟元を割ってゆく。
少し冷たくなった指先が胸の尖りをかすめて巴は身じろいだ。
「寒い?」
剣心が己のその指を追うようにして、はだけられた胸元へ顔を埋める。
今度は火が付いたように熱い舌先が尖りを含んだ。
「あっ・・・ぅ」
大きく身を捩ろうとしても 生半可でない力で押さえつけられてままならない。
乳房を指と舌で翻弄しながら、 剣心は器用に互いの着物を一枚ずつ剥いでゆく。
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