上京篇/1
良く晴れた日だった。 江戸の下町であったそこは。 変わらぬ佇まいを見せてはいたけれど、どこか違っているようにも思えた。 「この辺りは賑やかですね」 行き交う女性達よりやや背の高い女性が 小さな顎をあげて町並みを見渡している。 真っ黒な髪と瞳と、それに対照的な真っ白な肌が印象的だった。 落ち着いた物腰は上品で柔らかで。 思わず振り返りそうなほどの美人だ。 「・・・ああ、本当に。 雪代の家がある辺りはどっちかというと変わらないんだな」 彼女へと振り返り、にこやかに応える小柄な男性。 異人と見紛うほどの赤毛と、 その端整な顔立ちにあって目立ちすぎるほど目立つ十字傷。 「今度の住まいは一体どんなところでしょう?」 「さあ、どうだろう」 緋村剣心とその妻巴は。 二年ぶりに東京に居を構えることになった。 「“抜刀斎”に間違えられた?」 巴は真っ黒な瞳を、大きくして聞き返した。 「ああ、変な感じだけど、多分そうだと思う」 巴は湯に浸した手拭いを固く絞って、彼へ渡す。 汚れた足を拭う彼を見ながら、疑問を口にした。 「あの、間違うも何も、あなたは“抜刀斎”でしょう?」 「うん、そうだけど。 ただ刀を腰にしていたから、それだけの理由だったみたいだし。 何よりその間違えた相手がまだ子どもで―――」 剣心はぽりぽりと頭を掻きながら、今夜のことを手短に語った。 「つまり、あなたの名を騙り凶行を働く人物がいて。 その人物が、先程の話の娘さんの道場出身である、と言いふらし ているわけですね」 胡座をかく剣心へ、巴は熱い茶の入った湯呑みを差し出した。 彼女の淹れる茶は香りが高くて、剣心は心が和む。 「・・・もしかしてまた一悶着あるかな?」 ふう、と溜め息を吐きながら、やや上目遣いに剣心は巴を見る。 巴も仕方なさそうに、慣れてますよ、と優しい声で答えた。 「あなたの、その心根をよーく知ってますもの。 端から見ればたくさんの事柄が あなたに何故か引き寄せられているかのようにも思えるのでしょうけど、 本当はあなたはそれらを自ら引き受けているんですよ」 「・・・そう、なのか?」 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |