蒼紫篇(前)/9

「どうかしました?」
黙りこくった恵の隣で、巴が小さく訊ねる。
「い、いえ、あの・・・」
これが薫ならば適当にあしらえるだろうに、 巴の深くて穏やかな瞳に捉えられるとどうも上手く いかなかった。
ふ、と優しく微笑むと巴はまた腰を上げて奥へ入ってゆく。
「て、手伝います!」
と恵も慌てて後を追った。
「え、じゃわたしもそうしようかしら?」
と薫が中腰になった時、剣心がまあまあ、と手を振った。
「恵殿はいきなり輪に交じって戸惑ってるようだから、 少し落ち着きたいんだよ」
「・・・そう、かしら?」
「ああ、多分」
弥彦が目を大きくして剣心を見つめている。
(天然ボケでも、やっぱ剣心は見てるトコは見てる!
 さすがだ・・・っ)
厨房へ消えた恵の背を追うように、左之助が視線を奔らせ。
つまらなさそうに舌打ちをした。



とんとんとん
一定の間隔で、軽やかに刻まれてゆく葱の、独特な臭いが鼻についた。
前屈みになっている巴の襟元に恵はふと違和感を覚える。
(なにかしら?)
気になった恵は巴の後にさり気なく立つと、 巴のうなじ辺りをじっと見た。
(やっぱり傷跡・・・?)
紅く短い線の様なものが、その後ろのうなじから見て取れるのだ。
何処かで見覚えのがあるような気がして、恵は暫し考え込んだ。
紅い傷。
まるで何かに斬られたような。
そう、幼い頃に幾度か見た。
―――刀傷。

浅くはなさそうだ。
むしろ深い。
おそらく生死を分けるような・・・・・・

「恵さん?」
動かない恵を不思議に思ったのだろう、巴が振り返って問うてきた。
きゅっと唇を噛んで。
あの、と勇気を振り絞って訊く。
「あ、の・・・死にたい、と思ったことありますか?」
巴は小さく目蓋を痙攣させたが、その静かな表情から驚きは 感じられなかった。
「―――ええ」
まるで世間話のように、普段と変わらぬ声で。
巴は応える。
恵は乾いた唇を舐めながら。
更に訊いた。
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