蒼紫篇(前)/8
(―――もしかして意外に劣等感?) さすがにうるさすぎたのか、左之助と弥彦が薫と恵のやりとりを 呆れて見ている。 そして左之助がこっそり弥彦に囁いた。 (あいつら道場じゃ剣心を挟んで口喧嘩ばっかりだったのによ、 ここじゃ姉妹喧嘩みたいだよな?) 弥彦は妙に解ったような表情(かお)をして、うむうむ、と 頷いてみせる。 (・・・そりゃあ、あれだぜ、共通しちまってるからだろー) (ああ?“共通”ぅ?) (・・・片思いってやつだ) ががん、と雷に打たれたように口を大きく開き。 左之助は白目を剥いた。 (ちょいと待てよ、嬢ちゃんはともかく、あの女狐も剣心を!?) 弥彦は再び深く頷き、顎にあて、これ見よがしな真剣な顔になる。 (剣心は・・・ありゃあ無意識な女殺しだな!) (・・・おいおい、おめぇ幾つだよ・・・) とそこに勢いよく薫の鉄拳が弥彦の頬にヒットした。 「あんた達、さっきからこっちみてコソコソ、コソコソ! やらしいったら!!」 「いってー! 食事中に行儀わりいぞ!薫っ!!」 「へええ、内緒話は食事中にいいの?」 「揚げ足取るなよっ」 「そっちこそっ」 薫と弥彦が発止と睨み合った。 ちょっといい加減にしなさいよ、と恵が取りなすが ふたりともそんなことくらいでは動かない。 左之助は楽しそうにふたりの様子を見ている。 とそこへ至極落ち着いた声が飛んできた。 「あれ?みんなもう食が進まないみたいだな。 もう腹膨れたのか?」 剣心がかたりと茶碗を置いてそれぞれの顔を見回している。 (忘れてた・・・!剣心居たんだった!!) (あんまり静かだからうっかり失念してたわ) (ってかこの騒ぎの間中、黙々と食べてたのか?) (・・・やっぱ鈍いぜ!剣心!!) 何故か皆の視線が集中していることに気づいて、剣心は ぽり、と頭を掻いた。 「・・・まだ序の口なんだし満腹ってことはないか。 あ、新しい皿を持ってこようか?」 どこかしら状況から“ずれた”発言に、薫も恵も左之助も 一瞬固まった。 弥彦ですらワザとなのか天然なのか、判断を下しかねる。 とちょうどそこへほかほかと湯気の立つ土鍋を持って、 巴が敷居を跨いだ。 「随分と楽しそうですね」 剣心もそれを受けて「ああ、話が弾んでるよ」とにこやかに 応える。 恵ははっとして談笑する剣心の横顔を見た。 (にぎ、やかだった?) (楽しい・・・?) そうだ、確かにわたしは・・・ ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |