蒼紫篇(前)/7
剣心の本当の年齢を知って実は驚いた。 しかしよく観察してみれば、彼の物腰や知識はそれなりの人生経験を 積んだものであったし、ふとみせる表情も深い翳りを帯びることもあった。 人当たりのいい笑顔。 卓越した剣術。 けれど何処か秘めた鋭いもの。 「深いわよねえ」 恵は吐息とともにそう吐きだした。 「何してるの、恵さん? 無くなっちゃうわよ?」 口をもぐもぐ動かしながら、薫がひょいと顔を目の前に突き出す。 「・・・そんなにがっつかなくても・・・」 呆れて薫の額をぺん、とはたけば薫は 「だっておいしーんだもん」と頬を膨らませた。 「・・・それはよかったわね」 溜息混じりにそう云いながら恵はちらりと斜め前に座る背の高い 青年を見遣る。 恵の一挙一動を胡散臭そうに見張っていた左之助は。 今や食欲の権化になったかのように、隣に座る少年と一緒に せわしく口におかずを運んでいた。 (・・・・・・) それから不自然ではないように気を遣いながら。 恵は薫の隣に居る女性へと視線を動かした。 (緋村、とも・・・え) 一昨昨日(さきおととい)、恵を観柳の追っ手から 救ってくれた緋村剣心の、妻。 柔らかな表情で、手際よくお代わりを膳に装ってゆく。 薫からはあまり情報は入らなかったが(思えば云いたくなかったのだろう)、 弥彦が割と巴について喋ってはくれていた。 (確かに綺麗な女性(ひと)ね・・・) 恵も若くして人生の辛酸を嘗めてきている。 巴が楚々とした美女であるだけでなく、凛として芯が揺るがない 強さを秘めていることが見て取れた。 「恵さん?」 そんなことを考え巡らせていると、巴が小首を傾げて 「お口に合いませんか?」と心配そうに訊ねてきた。 慌てて巴から視線を外して、恵は自分の小さな失態に唇を噛む。 「ほんっとに美味しいですよ〜! 恵さんったら、食欲より剣し・・・」 横からひょいと口を挟む薫の頬をぐいっと手のひらで 明後日の方向へ動かして。 恵はほほ・・・、と小さく笑う。 「ごめんなさい、少し緊張しているようですわ。 お料理はとても絶品で、久方ぶりに舌鼓を打ってますのよ?」 巴は真っ黒な瞳をぱちぱちさせて、 「恵さんもお料理はお上手なんでしょ? そう緋村から聞きました。 だからそんな風に云われると恥ずかしいくらい・・・」 恵はああ、と頷くと 「料理は得意ってわけでもないんですよ? ただあんまりこっちのお嬢さんの腕が・・・」 そこまで恵が云いかけると横から薫が腕を振りながら割り込んだ。 「わ!わわ!たんまっ!!」 「やあねえ、何を今更慌ててるの?」 「なによぉ、もう料理の味のが云々って話は無しっ!!」 「・・・・・・」 「無し!!」 (―――もしかして意外に劣等感?) ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |