蒼紫篇(前)/6
「なんて失礼なヤツだっ! ちったあ“まなぁ”ってもんを学んでこいっ!!」 巴の後ろから左之助そっくりのトリ頭が飛び出して、あまつさえ 食い込ませた竹刀の先をぐりぐりと突き上げた。 「――――――誰かと思えば、弥彦かよ」 ぐりぐりぐり。 弥彦はふん、と鼻を鳴らしながら竹刀へ力を込める。 「しつこい」 人差し指と親指二本でひょいと摘むと、左之助は竹刀を持ち上げ弥彦の手から 取り上げた。 「あー、てめえ!」 「察するにおめえも飯か?」 「・・・まあ、な」 弥彦はぐいっと竹刀を取り返すとそれを肩に置いて。 とんとん、と軽く揺らす。 「薫狸とあの女狐の間に挟まれてみろ、食欲も無くなるさ」 「まあ、俺も阿片女と馴れ合うのは勘弁願いたくてな」 巴はようやくふたりの事情が飲み込めて、少し淋しげに目蓋を伏せた。 剣心から恵は生きるために、否、散り散りになった家族への愛がある故に 仕方なく新型阿片の精製に協力していたのだと聞かされた。 恵のそうした苦しい選択は巴にとって理解できるものではあるけれど。 左之助のような若者にとっては素直に認められるものでも、ない。 弥彦はその辺りは感性的に受け入れているようだが。 「お食事は大歓迎ですけど、わたしの希望も少し汲んで頂けますか?」 巴はもう憂いの色を瞳から払拭し、にっこりと微笑む。 その美しい笑顔に左之助と弥彦は暫し見惚れてしまった。 「薫さんと、それから、その恵さんという方とも ご一緒したいんですけど?」 ―――その時のふたりの顔ときたら。 巴は半分、自分の提案を却下しようかと思ったほどだった。 「あの、巴さん」 「はい、なんでしょう?」 「みんなで食事するのはいいんだけど、その・・・」 剣心は忙しげに食事の支度をする巴を手伝いながら、 歯切れ悪く問いかける。 「心配なさらなくても、たくさん食べてお腹が太れば 仲良くなれますよ」 「そう―――いうもの?」 「そういうものです」 甘くて柔らかな香りのする煮物の入った鍋を 運びながら巴が笑う。 「・・・そう・・・」 剣心は最早何も云えない。 いつから彼女がこんなにしっかりしてきたのだろう。 それがいつからか思い出せないほど、剣心は彼女のそれに 馴染んでしまっていた。 「女の人はすごいな」 「え?」 巴が向こうの部屋から聞き返したが、剣心はふわりと笑い返すだけだ。 (女の人はすごい・・・ だから。 恵殿も、いつか乗り越えて。 本当に笑ってくれるだろう) ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |