蒼紫篇(前)/5

・・・生理的な涙で滲んだ真っ黒な瞳のその奥に。
触れば焼け爛れそうな、ぎらぎらとした熱い光。
生けた花の如く、綺麗で洗練されたその肢体とは裏腹に。
こちらまで巻き込まれてしまうかのような、激しい情。
巴はその激しさを眼光に迸(ほとばし)ながら、剣心の唇を塞いだ。
「ん・・・ふっ、んん」
「はっはっ、ぅんっ」
鼻を抜ける息と舌が絡み合う水音と。
そうして睦み合うには明るすぎる灯。
ふたつの白い身体がまるで理性を飛ばした獣のように蠢く。
「あ、あああぁ!」
たまらず叫んだ彼女をそれでも離さずに、繋がったまま今度は自分が 覆い被さる姿勢になった。
「・・・やっ、もう・・・ちょっと・・・ゆっく、り」
聞こえない。
意地悪く唇がそう象(かたど)ると。
剣心がまろやかな胸の尖りに歯を立てた。
「いっ!あ、ああ・・・」
「・・・う・・・っ・・・」
仰け反り、締め付ける彼女の動きに、剣心も熱く甘い息を吐く。



溺れる。
溺れる。
総てを、呑み込みながら――――――――



「活きの良いのが手に入ったんで」
ひょっこりと左之助が顔を出した。
右手には大きな魚がぶら下がっている。
「まあ、こんな大きなブリ・・・いいのですか?」
巴が奥から顔を出して、目を丸くした。
「いや、そのよ、代わりといっちゃなんだけど」
ずいっと巴の目の前に銀色の魚を突きだし、 左之助はぺこりと頭を下げる。
「すまねえ!今金穴でよ、今晩の飯を頼みてぇんだ!」
「それは全然かまいませんけど」
巴は真っ黒な瞳を瞬かせながら、左之助を見上げた。
「・・・実はね、左之助さん」
「お、出来るこたぁなんでも手伝うから云ってくれよ」
「あの・・・」
「わぁってる、わぁってる!
 剣心との夜の邪魔まではしねえから!」
びし!と親指を立ててにぃ、と笑い、白い健康的な歯を見せた。
途端。
「ぶぁかか〜〜っ!!」
ぶんと飛んできた竹刀がばきん、と左之助の脳天に食い込む。
当然打たれ強い男なので、そんな衝撃はへっちゃらだが。
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