蒼紫篇(後)/8

ことん、と巴は小首を傾げた。
「とにかく!」
こほん、と咳払いをひとつして。
縁はさり気なく一歩後退した。
また頭髪をもみくちゃにされては敵わない。
これでも会社を経営しているのだ、身だしなみには気を遣っている。
「ある程度の情報が集まったら、すぐに教えてやる。
 ただし、相手が今日動くか明日動くか、一触即発の状態だから、 集めた情報は遅すぎて多分役に立たないぞ?」
巴は小さく肩を竦めて。
唇だけで笑ってみせた。
「縁ったら、役に立たないとは思ってないくせに」
「・・・・・・“殺さず”、だからな」
「ええ、そう。
 一度きり、の戦いで決着がつかない場合も残念ながらあるから」

命あれば、やり直すことも出来る。
けれど泥沼に掬われた足を引き上げることが出来ずに、藻掻き続ける 場合もあるのだ。

「アイツは甘いんだよ。
 徹底しないから、遺恨を残して姉さんに要らない心配をさせる」
「心配かけてごめんなさい」
「・・・は?」
「あなたも緋村のこと気にしてくれてるでしょ」
「・・・俺は別に」
「そう?」
「そう、だよ―――姉さん」

だけど姉さんの笑顔がもう二度と消えないように。
助力は惜しまない。
アイツへ向ける、姉さんの表情(かお)が好きだから。

ふふ、と巴は笑って。
またすぐに会いに来てね、と縁の指を柔らかく握った。
■次へ
■『東京日記』目次へ戻る

TOPへ