蒼紫篇(後)/6

巴はこの年齢(とし)になっても、 時折自分が縁の保護者であるかのような心持ちになることがある。
そしてそれは、自分の思い上がりと懐古であることも知っている。
あの時。
あの、雪の日。
自分が生死を彷徨っていたときに、縁はどれ程の苦痛と憔悴と 哀しみに押し潰されていたのだろう。
それなのに、彼は。
巴が意識を取り戻した時に、語気洗い無茶苦茶な言葉で 自分と剣心を詰って。
それきり。
何も云わず、何も責めず。
―――己を鍛え始めた。
ひたすらに。

彼の得た解は、何だったのか。
強くなることで何を求めたのか。
(ああ)
巴は浅く息を詰めて瞳を閉じる。
剣心も縁も、そして先ほどの蒼紫も。
(守ろうと、している)
怖い、と思う。
蒼紫のその願いの強さが、剣心へ向けられることが。
自分も剣心も、そして縁も。
それを身をもって知っているから。

縁は顔色の悪い姉の顔をじっと見据えた。
「・・・そう不安がることはないさ」
ふ、と軽く息を吐き出しながら、極力冷めた声音で言葉を紡ぐ。
「アイツならなんとかするだろ。
 今までそうだったようにサ」
ふん、と鼻を鳴らしてさも気に食わない表情をして。
渋々剣心の力量を認めるそれは、縁にはさぞ不本意だったに違いない。
それを知って困ったように笑う姉へ、縁はすい、と腕を伸ばした。
頬骨あたりに張り付いた数本の黒髪を、けして細くはない指先で掬って。
彼女の耳に掛ける。
「さっきは随分と威勢良く云いきったくせに。
 “信じている”と」
「縁・・・」
「俺は姉さんは守るけれど、アイツに関しては一切手を出さない。
 姉さんは、アイツを信じる。
 アイツは、アイツの信念を貫く。
 これまでもそうだったように、これからもそれは変わらないサ」
巴はふわ、と優しく笑んだ。
不器用な物言いは、本当に昔から変わらない。
わたしも、縁も、そして剣心も、本質は変わらない。
「そうね、わたしたちは意地っ張りで頑固者だから、きっとこうやって」

―――生きて往く。
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