蒼紫篇(後)/4
蒼紫の両肩が微かに下がった。 彼はほんの僅かな息を吐いたのだ。 「・・・おもしろい」 巴と蒼紫との間に張り詰めていた緊張の糸が、 ふ、と消え去る。 「“現在(いま)”の人斬り抜刀斎と刃を交えるのが 楽しみだ」 唇の片端を吊り上げる。 巴の背に、その時初めてぞくりと悪寒が奔った。 気を抜けば遠のきそうな意識を必死に繋いで。 たった今知ってしまった事実の衝撃に耐えた。 “四乃森蒼紫は、剣心に近い” すなわち、互いを理解しうる距離でありながら。 そしてそのことを蒼紫は今宵悟りながら。 なおかつ剣心と決死で戦う、と彼女に宣言したのだ。 こういった相手は―――最も、恐ろしい。 彼女の知る限り、そんな人間はあとひとりしか、居ない。 ・・・斎藤一だ。 蒼紫はぱさ、と白い外套を翻し背を向けた。 「失礼する」 己の思考に囚われていた巴は、はっと顔を上げて声をかけた。 「わたしを、放っておくのですか?」 「その気が失せた。 あなたがこちらに居ようと居まいと、抜刀斎とは充分に 楽しめそうだ」 そのまま蒼紫は暗がりに姿を消した。 後に残るされたものは、何もない。 「・・・あなた、は」 ―――何を守ろうとしているのか。 最早消え去った蒼紫の気配の名残に、巴は声を落とした。 その“何か”を、巴が知ることは重要ではない。 重要なのは。 蒼紫が“守るものを持てる”人物であるということ。 そして。 強いということ。 (似てる) (近くて、似ている・・・) 剣心と蒼紫が闘うことは、酷く巴には不安だった。 ぎゅっと襟元辺りで指を固く握りしめる。 「そんなに不安なら、俺がアイツを殺ってやろうか?」 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |