|
蒼紫篇(後)/11
「おかえりーっ」 薫は包帯だらけの指先を広げた。 すぐ後から巴がにこりと笑って「お帰りなさいませ」と 続ける。 巴の視線は短いその一瞬に、剣心の胸の傷と 左之助の頭部の傷の深さを見て取った。 彼らの後で、恵が照れくさそうに、申し訳なさそうに佇んでいる。 剣心と左之助の応急処置は彼女が行ったらしく、 普段通り、剣心は微笑みを絶やさず、左之助はむっつりとこちらを 見ていた。 「朝食もお風呂も用意してあるから! どっちにする?」 あれほどの心配顔を、すっかり消し去って。 薫は満面の笑みで会話を続けている。 「飯って・・・薫と巴さんが一緒に作ったのか?」 「そうだけど?」 左之助と弥彦は珍しく顔を見合わせ、にたりと笑った。 (嬢ちゃんと巴さん、どっちが拵えたかは一目でわかるしな) (しかもきっと味付けは巴さんが確認してると思うぞ) 声に出さずとも意志が通じる時は通じる。 「「飯にする!!」」 返事まで見事にかぶったが、薫はそれを気にすることなく 「まかせといて!」と胸を叩いた。 腹を鳴らしながら、ふたりは薫とは奥へと入る。 そして。 「―――ただいま、巴」 剣心が小さな声で、それでもはっきりと巴へ告げた。 いつもの、優しい笑顔と。 巴しか気づかないであろう、謝罪を込めて。 巴も今は、そのことには触れないことにして、微笑み返した。 「・・・お帰りなさいませ」 大いに食べて。 大いに飲んで(弥彦を除く)。 男達はやっと落ち着いたのかだらだらと過ごしていた。 すでに陽は中空に高く輝いていたが、彼らはおそらく これから睡眠を貪るのだろう。 恵は積極的に食事の片づけをしている。 薫は「恵さんも「疲れているから」と彼女を休ませようとしたが、 結局薫の手許の危うさに、恵はじっとしていられなかったらしい。 ふたりの姦しいやり取りを聞きながら、巴が台所へ立とうとした時。 風呂から上がってきた左之助に声を掛けられた。 「ちょっといいかい?」 「・・・ええ、構いません」 巴はタスキを外して、左之助の元へ歩んだ。 剣心は傷を庇いながら入浴している。 ここで二人が話した声など聞こえないだろう。 「観柳邸での顛末ですね」 左之助は察しの良い彼女に舌を巻きながら、頷いた。 「多分、剣心は自分から云うだろう、とは思うんだけどよ、 どうも気になっちまってるもんだから」 ■次へ ■『東京日記』目次へ戻る TOPへ |