杜鵑草/8-4

「巴さん・・・?」
不意に声をかけられて、巴ははっと顔を上げた。
いつの間にか剣心が、探していた女と一緒に巴の前に立っている。
女はにこにこと笑いながら、右手に赤紫色の花を握っていた。
「巴さん、こんなところで待っていてくれたのか?」
「え、ええ・・・心配になって」
剣心はそれを聞いた途端、はにかむように微笑(わら)う。
「ごめん、もっと早く戻りたかったんだけど」
「・・・いいんです。
 まあずぶ濡れじゃないですか・・・何かありましたか?」
剣心はそう問われて、戸惑ったように狂女を振り向いた。
「うん・・・ちょっといろいろあった、かな」
巴は窺うように剣心の表情を見た。
複雑な顔をしてはいるが、巴が一番恐れている 事態にはなってはいないようだ。
「そうですか・・・あ、ご主人たちを呼ばないと」
「ああ、そうだな。
 彼女を早く着替えさせないと風邪を引く」
巴は頷くと宿屋の中へ小走りで入っていった。
我が家の近くに着いたというのに 女はそれをまるで意識していないようだ。
掴んだ杜鵑草をまるで鈴のように振りながら、 笑っている。
「なぁーんにもないの。
 ぜーんぶ無くなったの。
 だからあげる、わたしをあげる」
また暴れ出すかもしれず、剣心は女の手を握ったままだった。
そうして彼女の何も映さない瞳を覗く。
「・・・“何”に貴女をあげるんです、か?」
くすくす、と女が肩を振るわせた。
「・・・あの人を、斬った男にあげるの。
 わたしのぜーんぶを、背負わせてあげる」



この深い深い業(ごう)を、なんて云い表せばいいのだろう。
込み上げてくる何かを必死で押し止めるかのように。
剣心は思わず口を覆った。
■杜鵑草9へ
■剣心・巴その8へ戻る

Worksへ