〜霜月〜



「ああ、雪だ」

薪を抱えながら、剣心は巴に声を掛ける。
囲炉裏を掻き回しながらちらりと小窓を見上げて、巴は 黒い瞳をやや大きくして彼を見た。

「そういえば、今朝あなたは空気が澄んでるから、雪が降る
 と・・・」
「ん?ああ」
剣心は少しはにかむような笑いを零して、草履を脱いだ。
「昔、結構雪深いところにいたから」
「・・・・・・」
「なんとなく、解るんだ。
 それだけだよ」
「・・・どんどん寒くなりますね・・・」

くつくつと土鍋の湯が音を立て始める。
立ち上る湯気がほんの微かに、彼女の髪を湿らせる。

「寒いのは、苦手か?」
「ずっと、同じ場所で育ってきましたから。
 よくわかりません」
「・・・雪は、天の恵みだそうだよ」

彼女の繕い物の手が、初めて止まった。
彼の口から、いきなりそんな話題が出てくるとは思わなくて、 巴は数度、瞬きを繰り返す。
剣心は彼女のその様子には気付かずに、ぼんやり土間の向こうの木枠を見ながら、言葉を続けた。

「雪は山に積もって、春の水になる。
 雪の下で耐えた作物は、上等の味になる。
 雪の冷たさを凌いで咲いた花は、綺麗だ」
「・・・・・・」
「俺はまだ小さくて、うろ覚えなんだけれど。
 確か親父はそんな風に言っていた」
「けれど」
「え?」
「雪は道を隠して人を迷わせ、
 寒さで人を凍えさせ、
 山の殆どを眠らせて、飢えさせます」

動かない彼女の瞳に、剣心は巴がこの問答を面白がっているのだと、 そう感じた。
言葉の掛け合いを彼女から仕掛けてくるのは珍しい。
ただ彼は教養の面では巴に大きく水を開けられている。
どうしたものかと、頭を掻きながら彼は視線を落とした。

「えーと・・・」
「はい?」
「だから、『神さま』、なんだって親父が――――」
「?」
「御天道さま、雪の神さま、山の神さま、水の神さま」
「・・・・・・」
「神様は、人間を世界の一部でしか見ないから、優しくて、恐い」
「・・・・・・」
「ああ!もう!!」

ぶるぶると頭(かぶり)を振って、剣心はぱん、と手を合わせた。
「勘弁してくれよ、巴。
 ムズカシイ言い回しは出来ないんだ!!」

巴はふわりと目元を柔らかくして、再び針を運び始めた。
「いいえ。
 ちゃんと、解りましたよ」
「そ、そうかな?」
「はい。
 ―――あなたが本当に何を考えていたのかも」

ぴくりと剣心の肩が揺れて。
ああ、やっぱりか、といった様に彼は項垂れた。










喪った、両親。
離ればなれになった兄妹たち。
後にした、故郷。
つかの間優しくしてくれた娘たち。

それらを手離して、辿り着いた『飛天御剣流』。



人々をこれで守れる、と信じて。
それで己は血で汚れても、いいと。

そんな生半可な考えは、結局自分を追いつめた。



「・・・この手で守るって?人々を?
 正義でも何でもない、時代のうねりにそんなことは関係ないのに。
 どうして親父の言葉を俺は、忘れてたんだろう」








『狂に至った時代を打破するのは、狂だ』
























外は雪。



生きているものにも、死んで土になったものの上にも、雪は降り積もる。



男にも
女にも
赤子にも

斬った者にも
斬られた者にも



降り積もる。



――――――残酷で、やさしい雪が
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