- 壱 -


「おまえの役目は・・・」
にっと唇の端をあげて黄色い歯を覗かせる。
「抜刀斎の弱点を探ること、だ」

「弱点、ですか」
やや甲高い自分の声に眉をひそめながら、わたしはその男の顔をみた。
「そうだ、どんな手を使ってもいい。 常に彼奴のそばにつき、その
 動向を探るのだ。 ・・・・・・できるか?」
不審そうな色が眼に浮かぶ。
ここはいやだ、空気が淀みきって気分が悪い。 あの人が死んだと知らされた日もこんな空気が私の肺を満たして 吐き出したくて堪らなかった。
「はい」
私は私の罪を贖わなければならない。迷いはない。
こんな人たちの手先になろうとも、 この手を血で染めようとも。
背筋を伸ばして吐きそうな空気を吸い込む。
「お願いします」




小さな居酒屋。
その隅に彼は居た。
思ったより小さな背中だった。
でも人目を惹く赤い髪をしているのにまるで目立たない。
ざわついた空気の中にとけ込んでしまっている。

この人が、彼を殺した。
ようやく巡りあえた。

どす黒い喜びを隠しながらカタリと椅子を引いて背中合わせに 腰掛けた。
・・・周りの男たちが私に視線を注いでいるのがわかる。
自分がある程度の器量を持っているのは自覚があった。
だから見も知らぬ女をあいつらは抜刀斎を屠る手段に使おうと思ったのだ。
「オイ女!!」
二人の酔っぱらいが案の定声をかけてきた。
大きな声で何か言っている。
耳にざらついて不快だった。
でもそれよりもこの人は動くだろうか。
すぐ後ろの彼の気配を私は全身で探ろうとした。
この人はきっと動くはずだ。
『天誅』なんて言葉だけで人を平気で斬り刻む 正義の使者、なのだから。

「確かに命拾いしたな」
・・・動いた。
「この先の京都にお前等似非志士が生きる場はない」
ずいっと男の前に立ちはだかる。
わたしは初めて彼の顔を真正面から捉えることができた。
そして、一瞬呆気にとられてしまった。
まだ中性的な顔立ちを持った少年だったからだ。
ぼんやりと頭の中にひとつの言葉が浮かぶ。
・・・きれい・・・。
でも次の瞬間にはぞくりとするような冷たい光を宿らせて 相手を睨み付けた。
「命が惜しくば早々と田舎にでもひきあげるコトだ」
酔っぱらいはその眼の冷たさと周りのヤジにひるんで 渋々引き上げていった。
そして彼はお金を払って足早に去っていく。
誰かが叫んだ。
「正義の志士ってなカンジやろ!!」

正義?
あんな冷たい眼の光をもった人が正義?
私の大事な人を殺した人が正義?
・・・あんなすさんだ眼をした人が・・・?


足の指先を冷たく感じながら急いで私はあの人の後を追う。 この先に一人、あの人の命を狙う「闇乃武」がいたはずだ。
多分殺されることはないだろう。
あの人は「人斬り抜刀斎」なのだから。
けれど心ははやった。
できるならこの手で、私は自分にけりをつけたい。
あの人の心臓を、あの人の血を、あの人の命を。
この手で。


ざぐ。

肉を斬る音がする。
ざあぁと粘ついた雨が降る。
どす黒い雨。
錆びついた匂い。
暗くて細い路地の向こう。
あの人が赤黒い霧の中に立っている。
背中を向けたまま、でも私に気づいている。
ここだ。
ここから始まる。
私の復讐が。
私の贖いが。

「よく惨劇の場を『血の雨が降る』と表しますけれど・・・」
あの人がゆっくりと振り向く。
「あなたは本当に血の雨を降らすのですね・・・」

ズルリと刀が血溜まりの中に落ちた。

足元の血がびちゃりと絡みついてくる。
そのままぬるぬると私の着物の裾を割って入ってくると思った。
むせかえる錆の匂いに喉元までおう吐感がこみ上げて ブツリと視界が途切れた。
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