ひとめで、恋をした。



とても美しい女性だった。
細くて長い首が、襟元からくっきり覗く鎖骨から、すうっと伸びる様が とても艶めかしかった。
緩やかななで肩のラインが、思わず抱き寄せたくなる衝動を煽った。
耳朶(みみたぶ)からやや下の辺りで、きっちりと切り揃えられた黒髪が、 風に靡いてさらさらと美しく流れた。
陽に焼けず、すらりとたおやかな腕と脚は、男の欲を充分掻き立てた。

出逢えたことさえ、奇跡だと。
触れた指さえ、最大の幸運だと。



―――そんな女性が、僕の恋人だった。









「死相が出ている」

ひょんなことから知り合った不思議な男は、まるで挨拶をするように そう言った。
「・・・冗談きついよ」
僕は半分ほど空になったグラスを握り締めたまま、曖昧に笑ってみせる。
「真実(ほんとう)だ」
彼はその白皙の顔を顰めもせずに、淡々と言葉を継いだ。

思えば彼は妙な人間だ。
いつも物静かで、まるで空気のように其処に居るかと思えば、 振り払えない影のように、視線が逸らせない時がある。

「・・・では僕はどうすればいい?」
この友人は、それでも信用に値する人物だったので 僕は至極真面目に訊き返した。
「そうだな。
 ・・・呪(まじな)いでもしておくか」
「は?」

彼は酒が飲み干されて、溶けかかった氷だけが残ったグラスを、からんと鳴らし。
酷く細くて長い指先を、僕の前に突き出した。
「まだ、確定ではない。
 今回はその事を利用させてもらう」

先程までグラスを持っていたせいなのか、体温を感じさせない彼の 指が、僕の額に当たった。
僅かに触れている五つの『点』が、ちりりと冷たい。



「―――君は“残る”」

薄い唇が小声でそう囁いたかと思うと、目の前が一瞬くらりとした。
何度か瞬きをして、改めて彼を見遣る。

「・・・残る?
 生き残るって意味かい?」
彼は胸ポケットから煙草を取り出しながらにやにや笑った。
「さあ、どうかな。
 触れた時に感じたことを言葉にするだけだからな」

随分といい加減だとは思ったが、何故かいい気分だった。
「ありがとう、夢幻君。
 では先にお暇するよ」
「恋人に会うんだったな」
微かに、瞳を細くして彼はどうぞ、と手を振る。

「ああ、彼女は本当に素晴らしい人だ。
 だから死相なんて勘弁してくれ」
[Next] [夢幻紳士 Index]