熱い。
肩から背中全体が、焼き鏝(ごて)を当てられたように 熱かった。

「・・・っ」

幾度か己の意志に反して、呻き声が漏れた。
情けない、と何処か頭の中で冷静に思いつつ。
あまりの痛みに意識が朦朧とした。
ぎり・・・
奥歯を噛みしめ、軋る。
脂汗の浮くその額に。
す、と心地よい冷たさが触れてきた。
「・・ァ・・ス・・・?」
掠れた声が求めたその名は。
すでに自分から遠く離れた存在の筈で。
なのに。

持ち主のきめ細かな皮膚の感触を伝える、細い細い指先が。
やさしく、切なげに。
再度額の汗を拭う。
「・・・リス」
やっとの思いで、頑なな目蓋をこじ開けることに成功した。
薄暗闇の中に、ぼんやりと愛おしい色が見える。
その煌めく翡翠のイロを。
何度この掌中に納めようと思ったことか。

きらきら。
くるくる。

くるくる。
きらきら。



彼女の瞳の、      色。





ああ、まだ此処は。
暖かな光が差す。

半分はひしゃげてしまった懐かしい建物の中を。
ゆっくりとクラウドは歩いた。
僅かずつ、そして確実にと復興してゆく街。
なのに此処は、あの頃と変わらないように思えた。
黄金色の花弁を揺らしながら。
散っては咲き、 咲いては散る、ありきたりな野の花。
この花が今こうして微かな風に揺れていられるのも。
壊滅状態だった街が立ち直ろうとしていられるのも。
自分がこの大地に立っていられるのも。
「あんたの祈りが。
 ・・・あんたが。
 この星を、守ったからだ      



俺は生かされている。
あんたは本当の俺を探している、と云った。
そうしてあの最後の戦いの後。
あの目の眩む光の中から。
俺に手を差し伸べたのは『生きろ』、という意味なのだろう。
・・・自分を取り戻した『俺』に、未来(さき)を生きろ、と。
けれど。



クラウドの思考は堂々巡りだ。
大切なものを取り戻した。
けれど、かけがえのないものを喪ってしまった。
   喪ったものは、とてつもなく巨大で。
その喪失感がいつまでも付きまとって、離れない。
(好きだったの?)
ティファの声が甦る。
(彼女のこと、好きだったから、苦しいの?)
わからない。
わからないよ、ティファ。
この苦しみは、彼女を守るどころか死地に向かわせてしまった、 その悔いからなのか。
俺は、彼女が好きだったけれど、ティファだって好きなんだ。
だけど一緒に生きよう、と云ってくれたティファの手を。
・・・取ることが出来なくて。

そんなことを繰り返しては、クラウドはスラムの教会跡に立つ。
ティファと孤児達と暮らしながら。
くだらない仕事をしながら。
今はそんな日常を、送っているけれど。
それは最初から軋みをあげいて、いつ崩れるのかわからない。
いつか自分はその予兆に耐えられなくて、逃げ出してしまうだろう。

クラウドは本当はその軋みを無くす答を知ってはいた。
その答が導かれる可能性がまずない、ということも知っていた。
「・・・エアリス」
セトラの民として死んでしまった彼女が、 もう一度クラウドの背を押さない限り。
クラウドの心は軋み続ける。





もう動いても大丈夫なの?
小首を傾げてさらさらと、長い髪を揺らしこちらを見てくる。
「ああ、傷は癒えた。
 ・・・君のおかげだ」
あれほど熱を持ち、じくじくと痛んだ刺し傷は。
ひきつれた大きな傷跡を残してはいるが、動くために支障になることは まずないと思われた。
医者にも診せずに、ここまで回復するとは。
(やはりこの娘の力なのか)
娘は彼の傷の状態を把握したのだろう。
頑是無い微笑みを浮かべて彼の首に両腕を回してきた。
「・・・名が要るな」
娘は大きな瞳で、彼を見上げる。
「名前、ないのだろう?」
こく、と頷いて娘はふわりと笑った。
彼はゆっくりと腕を動かし、その柔らかでさらさらとしたブラウンの髪を 五指に絡めて。
優しく梳く。
くすぐったそうに娘は肩を竦め喉を鳴らした。

「・・・エアリス」
彼にとって大切なその名を、唇に乗せる。
「お前の名は、エアリスだ」
娘はうっとりと目を細めた。
声の出ないその可憐であえかな唇が。
花の香のような僅かな甘みを含む息を漏らす。
彼女の唇は短くこう、動いた。

「ツォン」と。
[Next] [FF7 Index]