『クラウド、あのね』
電話の向こうのティファの声は、歯切れが悪く。
そして何かを酷く恐れているかのように思えた。
   どうした、何かあったのか?」
クラウドはなるたけ優しく、そして彼女を安心させるかのように 答える。
無論ティファにはいつもそういったクラウドの強がりなど お見通しではあるけれど、実際彼のその態度にティファが 安堵する部分も確かにあるのだから。
『あのね・・・奇妙な仕事の依頼があって』

迷っている。
ティファはこの期に及んでまだクラウドにこの一件を 告げるべきか否か、迷っている。
「それで?」
ティファの迷いを打ち消すように、クラウドは先を促した。
彼女の負担を減らすために。
そして、先ほどから妙に高ぶる己の感情のために。
ティファが受話器の向こうで、唇を舐めたのが解った。
彼女はおそらく最初から、クラウドに告げねばならないことを “感じて”いたのだろう。
『・・・リーブさんからの、依頼だったの。
 最近神羅ビル付近に、夜な夜な不思議な影が出没するって。
 割とその影を目撃した人が多くて・・・その証言からある“ひと”に よく似てる、って・・・』
「あるひと?」
ティファが息を吸い込んだ。
そんな聞こえるか聞こえないかの音が、 やけにクラウドの鼓膜を振るわせて。



   ・・・ブラウンの、長い髪で、ピンクの、 リボンしてて、いつの間に、か、現れて、消える、って』



クラウドが全ての動きを停めたのが解った。
ティファは自分の顔色がざあっと蒼白になってゆくのを感じる。
(わたしの声は)
ちゃんと彼の意識に届いているのだろうか?
(今、あなたは)
“誰”を思い浮かべた?

『何のために出没するかは、よくわからないの。
 ただリーブさんは魔晄が関係しているんじゃないかと云ってたわ』
「・・・・・・」
『神羅ビルの中でも動力室付近でよく目撃されてる。
 そこは、昔魔晄をエネルギーとして動いていたし』
『クラウド?聞いてる?』
『・・・バレットも調べておいた方がいい、って・・・』

「わかった」

ぶつっ。
やっと反応した声は、たったひと言。
そうして無遠慮に切れた携帯。
ティファは携帯を握り締めたまま、 しばらく立ち尽くしていた。
(わかった、って何が?)
(この依頼を受けるってこと?)
(・・・わたしには、何の説明も応(いら)えも無いの?)

クラウドは確かジュノンの方へ行っていた。
フェンリルで駆ければ一両日中にはミッドガルに戻ってくるだろう。
・・・久しぶりにクラウドに会えるのに。

(ねえ)
ねえ、クラウド。
わたしたち、どこまでもどこまでもこんな風に。
ぎこちないままで生きてゆくの?
(どうしたら)
どうしたら、このもどかしさは消えるのだろう。
(エアリス)
ねえ。
あなたなら、わかる?

ティファは無意識に左腕に結ばれたリボンに触れた。







何も、考えてはいなかった。
ただ身体が動いた。
フェンリルを跨ぎ、エンジンをかける。
(・・・わけ、ない)
(彼女の、わけがない)
脳の一部が、そう冷静に信号を送ってくる。
けれど。
けれど、止まらない。

(これは、仕事だ)
(俺は、仕事をこなすだけだ)

凄まじい速さで流れる景色の端に。
ちらりと哀しそうなティファの顔が過(よ)ぎる。
その意味を深く考える事が出来ずに。
クラウドはスピードを上げた。





右腕を動かすと、まだ引き攣れたような痛みがある。
しかし僅かずつであるがほぼ回復するであろうことが見込めた。
「・・・」
ツォンは鬱陶しげに前髪を掻き上げると、薄暗い部屋を見渡した。
“エアリス”は彼が眠っている間にどこかへ出かけたようだ。
(どこへ、行ってるんだ?)
昼間ですら殆ど陽の差さないこの、狭い部屋で。
小さくて粗末な花瓶に、頼りなげな花が数本飾られている。
丸いテーブルの上に、無造作に置かれたパンはおそらく 盗品だろう。
(このわたしが眠りこんで、彼女が出て行く気配にすら気づかないとは、な)
彼女が自分に触れて“治療”する時に、何故か麻酔のような効果も 混じっているらしい。
自嘲めいた笑みを浮かべて、ぎしりとスプリングを軋ませ。
ツォンはベッドから立ち上がった。
情けないことにツォンは自分が、この部屋が一体 “何処”にあるのかわからなかった。
深い傷のせいで動けなかったこともあるし、唯一出入りできるドアの 開閉ロック番号は彼女しか知らないということもある。
しかしツォンに焦りはなかった。
身体が完全に回復すればこんな部屋から抜け出すのは容易い。
そして、口の利けぬ“エアリス”から、 必要な情報を得ることも出来るだろう。

(エアリス)

ツォンが名付けた、彼女の名前。
古代種の神殿でセフィロスに斬られ、エアリスに会った後の 記憶は抜け落ちている。
おそらく意識不明のまま神羅ビルに運び込まれて。
そしてその後。
(ホーリーが発動した後、だろうな)
気が付けば彼女が、“此処”で自分を介抱していた。
負った傷の痛みと熱とで、その辺りは曖昧で はっきりしない。
ツォンは萎れかけた一本の花へふと指先を伸ばそうとした。
シュン、と音がして扉が開く。
甘い香りがふわりと狭い部屋に拡がった。

「・・・お帰り、エアリス」

柔らかな髪とピンクのリボンを、ふわりふわりと揺らして。
エアリスは満面の笑みを浮かべ、すとん、とツォンの腕の中へ 飛び込んできた。
しかし響く衝撃に眉を顰めたツォンに驚いて、慌てて身体を離す。
「大丈夫だ・・・かまわない」
そう告げると、本当に嬉しそうに顔を輝かせて。
真っ白な包帯で包まれた、彼の胸へそっと頬を寄せた。

ただいま、ツォン。

音のない唇がゆっくりとそう象る。
「おかえり」
と、ツォンはもう一度囁いた。

知っていたエアリスではないけれど、 確かにエアリスであろう彼女に。
[Next] [FF7 Index]