バレットは何故かぴたりと動きを止めたクラウドを訝しんだ。
「どうした?何やってんだよ?」
リーブがぐい、とバレットの左腕を引く。
「バレットさん、もしや出たんじゃあ・・・」
出た?出たって何が?
そう云いかけて、バレットは次の瞬間大きく目を瞠った。
クラウドへ向けて走り出しながら、叫ぶ。
「『彼女』なのか?そうなのかっ!?クラウドッ」
しかしバレットの大声に反応したのは、クラウドよりも ぼんやりとした影の方が先だった。
とん、と“それ”は舞い上がると、クラウドの目線より更に高い位置に 飛び移る。

      細い足首が、白くて。

・・・いつの間にか影は彼らの視界からその姿を隠し。
クラウドはしばらく身動ぎもせず、 影の消えていった軌跡をただ目で追う。

ふわりと広がったブラウンの絹糸。
無防備にさらけ出された腕。
パールピンクの、唇。
繰り返し繰り返し、蘇る。
白くて細い足首。
まるで残照のように。

「・・・嘘だ」

ようやく動いた指先は、その淡青の瞳を覆った。

「嘘、だ」



おい、おーい!クラウド!!
自分を呼ぶバレットの声が、遠い。
何やってるんですか、あなたのせいで 逃げちゃいましたよ!?
リーブがぶつぶつと文句を垂れる、その声も。





何があったのか、訊きたい。
幾度か廊下を行き来しながら、ティファは唇を噛んだ。
バレットと帰ってきたクラウドは、自分に向かって 「久しぶり」と笑った。
そして「ただいま」と困ったように俯いた。
それから。
部屋へ籠もったきり。
食事のために降りてくることもなく。

「確かに、誰かが居たのは確認したんだが」
バレットは酒をちびちび呑みながら語った。
“それ”は何故か白くぼんやりとしていて、 顔までよく確認できなかったらしい。
「身のこなしっつーのかな?
 普通の人間じゃあんなこと出来ねえ、と思うんだよ。
 確かに身体つきは女なんだろうが」
「まあ、おまえかユフィなら可能かも、だな。
 しかし『彼女』には・・・」

酔ったバレットはそのままテーブルに俯せて眠っている。
マリンが掛けた毛布がお花模様なのが、少し笑えた。
リーブに電話で確認したところ、バレットの話とほぼ同一だった。
ただひとつを除いて。

(クラウド)
さらさらと首筋を流れる黒髪が鬱陶しい。
(クラウド、あなたは“見た”んじゃないの?
 その影の・・・顔を)

『こっちにしてみたら、結構長いこと固まってました。
 何度呼んでも反応してくれなかったんで、痺れを切らした バレットさんが直接階段を上っていったんです。
 それでようやっと我に返った、って感じで』

「クラウド」
今度は小さな声に乗せて。
ティファは上の階に居るクラウドへ呼びかける。
「クラウド・・・ねえ、誰だったの?」
わたしは知りたい。
心の奥で。
期待して恐れて迷ってる。
それでも。
   知りたい、わ」
あの、花のように美しく優しく笑う彼女が。
もしも何らかの形で蘇ったというのならば。
それは、ティファにとっても喜びだ。
そう、わたしは。
彼女に、逢いたい。
「・・・クラウド」

ティファはまたぎしぎしと階段を上る。
今度こそ、と決心しながら、また部屋の前でノックすることを躊躇った。
(しっかり)
(しっかり!ティファ!!)
己を励ましながら、強ばる腕を持ち上げる。
(わたしだって権利はある)
(『彼女』なのかどうなのか、知る、権利が)
すう、と深呼吸して。
二本の指の付け根がコン、とドアに触れた。
とその時。

がちゃ

ティファの鼻先をドアが掠める。
「きゃ・・・」
びっくりして短く声を上げると、ティファは素早く半歩 身体を後退させていた。
「あ、ご、ごめん!」
ドアをいきなり開けた張本人のクラウドは、 慌てて謝ると大丈夫か?とティファの右手首を反射的に 掴んでいる。
「だ、だいじょう、ぶ」
掴まれた手首を咄嗟に自分の方に寄せて、ティファはクラウドから 心持ち身体を離した。
微かに赤い頬をさすりながら、クラウドに向かって えへへ、と笑う。
それを受けてクラウドもやや照れるように視線を反らしながら、 何か用だったのか?とティファに訊ねた。
「う、うん」
どうしよう、こんなタイミングは予想してなかった。
内心ドキドキしながら、ティファは口籠もる。
それに気づいたのか、気づいてないのか。
クラウドは軽く前髪を掻き上げ、
「・・・いや、それよりも」
と、声を低くした。
「俺が、君に用があるんだ」
はっとしてティファが顔を上げれば、そこに 戸惑ったような表情が浮かんでいる。
「ク、ラウド・・・?」
クラウドは躊躇うように視線をティファから外したが、すぐに その躊躇いを振り払ったようだ。

久方ぶりに。
本当に長い間、彼はそうしなかったように思う。
背筋を伸ばして。
真っ直ぐに顔を上げて。
彼は。
ティファの瞳に自分を映り込ませた。
息がかかる程の、距離。

「聞いて、欲しいんだ、ティファ」

こくり、と頷く。
きり、と引き結んだ唇が。
彼女の強い強い意志を、感じさせた。

「・・・昨夜、俺は見た」
真夜中の神羅ビルで。
忽然と現れた、白く揺らめく影の、顔を。
「確かに『彼女』だったよ・・・エアリス、だった」
引き絞られるような、声音。
ティファが大きく瞠目して。
互いの、呼吸音すら邪魔に感じる。
「エアリスは・・・生きて、たのね?」
確認するかのように紡がれたその言葉に、クラウドは小さく首を振ると 自嘲めいた笑いを浮かべた。
「だけどティファ。
 ちゃんとこの目で見たのに、エアリスが生きてることがをまだ 俺は信じられないんだ」
臥せられたその瞳は暗く翳る。
「そ、そうね・・・、わたしもまだ夢みたいで・・・」
じわりと込み上げる喜びが涙腺を刺激するのか、ティファの声が 震えていた。
生きてた、生きてた。
あの優しい光のような、女性(ひと)が。
しかしそのすぐ後のクラウドの言葉が、 そんな感情を一変させる。

「違う」
「え?」
「違うんだ、ティファ」
「・・・何が、違うっていうの?」

クラウドは自虐的な笑いを唇に張り付かせたまま、 右手で顔を覆った。
まるで泣いてるみたい、とティファがぼんやりと感じた時。
くぐもった声が漏れる。
「・・・『彼女』は一瞬、確かに俺を見た。
 ちゃんと俺を認識できた、はずなのに」



「俺のことをまるで知らない人間のように、見たんだ・・・!」
[Next] [FF7 Index]