「まだ事件が起こった訳じゃねえ」
バレットは大きな身体をソファーの上で狭そうに 揺すった。
「あー、ただな、目撃された容姿がどうも似すぎてて」
歯切れの悪さを隠すかのように、ごくりとウィスキーを 一口流し込む。
「で、わざわざケット、いやリーブが頼みに来たんだ」
どん、と低めのテーブルにボトルが乱雑に置かれた。
かと思うと取って返すようにまた持ち上げられ。
バレットは乱暴にそれに口を付ける。
「・・・あのなあ、クラウド」
ぎし、とソファーが重たげな悲鳴を上げた。
「最初はちゃんと調べておくべきだと思って、 ティファにおまえへ電話させたんだが・・・今は正直、 俺はこの仕事(やま)、引き受けるのは止めた方が良いと思う」
太い顎を、太い指先が撫で上げる。

「そりゃあ気にはなるさ、だけどな、“似てる”だけだ。
 本物であるわけがないのは、おまえが一番よく解ってるだろ?」
「俺が口出しするのもなんだが、ティファを宙ぶらりんにするのは止めろ。
 マリンだっていっつも気に掛けてるんだぞ?」
「せっかく帰ってきたっていうのに、おまえまだティファんトコに 顔見せてないだろ?」
「なあ、いつまでも心配かけんな・・・クラウド」

カッと靴音が響いて。
バレットがいろいろ云い募っている間窓の外ばかり見ていた クラウドが、もたれ掛かっていた壁から身を起こした。
はっとしてバレットは彼を見上げる。
(げげ、また飲みたくなってきたぜ)
バレットとしては誠心誠意、訥々と語ってはきたが。
こちらを見遣るクラウドの薄青の瞳は。
何の感情も映してはいない。
(変わらねえ)
バレットのその筋肉の盛り上がった肩が、僅かに下がる。
(届かねえ)
クラウドには、誰の言葉も届かない。
クラウドが言葉を聞かないのではなく。
聞き届ける肝心の、核が   無いのだ。

『好きとか、後悔とか、そんな感じじゃなくて』
『そう、機能していないっていうのかな』
『彼女が居ないと、上手く動かないんだよ・・・クラウド』

いつだったか、淋しそうに笑いながら。
ティファが話したことがある。
バレットはただの気落ちだとか、時間が解決するとか、そんな 在り来たりの言葉で彼女を慰めた。
慰めた、つもりだった。
しかし今バレットの目の前で、酷く静かに佇んでいる男は。
確かに何かが欠落している。
(やべぇ)
“エアリス”に似た容姿の、人物の情報だけで。
彼は本能的に動いたのだ。
      欠け落ちた“何か”を取り戻そうと。
(やべぇ)
予感がする。
嫌な予感がする。
云い表しようのない、不安。
「・・・クラウド」
バレットは乾いた唇を舐めた。
むん、と強い酒の香りがする。
「クラウド、もう一度云う。
 この件は   
「バレット」
バレットの言葉を遮るように、クラウドは彼の名を呼んだ。
「リーブと話したい・・・悪いが連絡してくれるか?」
静かで抑揚のない声。
しかし堰き止められない何かが溢れ出る、声。
「ク、ラウド・・・」
眉を八の字に下げたバレットへ、クラウドは小さく笑う。
「大丈夫だ、確かめるだけだから。
 魔晄が関係しているとなれば気になるしな」
「あ、ああ・・・そりゃそうだが」
まだ納得できかねるバレットを見て、クラウドはくくっと 喉を鳴らした。

「わかってるさ。
 彼女はもう居ない。
 ・・・わかってる、から」





ティファは長い髪を掻き上げながら、携帯を握り締めた。
「彼、神羅ビルへ向かったの?」
電波の向こうで、バレットが恐縮している。
『久しぶりにアイツの顔見て、ティファの心配がちょいと理解できたぜ』
「・・・」
『だからな、初めは引き受ければいい、なんて軽く考えてたんだが。
 ・・・ティファの云う通り、なんかまじいなあ、と』
「だけど止めても無駄だったんでしょ?」
『その通り。
 アイツは確かに冷静だったし、落ち着きも充分あった。
 だけどよ、俺にはどこかそれが気持ち悪く感じられてなあ』
どさ。
椅子に深く腰掛けながら、ティファはバレットのからの電話に 耳を傾け続ける。
『こういうのは負担になると解ってるんだが   なあ、 ティファ。
 おまえしか居ないんだよ、クラウドを立ち直らせるのは。
 以前魔晄中毒になったアイツを救ったように・・・』
「やめて、バレット」
根本が違うのよ。
そう云いかけてぐっとティファは堪える。
あの時、クラウドにはまだやらなければならないことがあった。
彼女から託されたものがあった。
彼は自分を見失ってて。
心の底で本来の自分を取り戻そうとしてた。
でも現在(いま)は。
「今は・・・無理なんだよ、バレット」
      ・・・』

空虚だ。
仲間が居て、彼を慕う子ども達が居て。
あなたを待ってるわたしが居て。
それなのにあなたは。
それを知っているのにあなたは。
埋められるはずのない虚を、埋めようとする。

「・・・バレット、あなたも神羅ビルへ付いていってくれる?」
『わかった』

携帯が切れる直前、バカな男だ、とバレットが呟いたのが聞こえた。





巨大なビルの谷間を、強い風が吹き上げる。
リーブは昔より伸びた髭を撫でながら指差した。
「あそこですよ、よく目撃されるのは」
クラウドはばざばさと風に乱れる金糸を気にもせず、 目を眇めてその方向を見上げる。
バレットもそれに倣った。
そしてううん、と唸って首を捻るとリーブを見遣った。
「・・・女、なんだろう?不審な人物は」
「ええ、そうです」
「あんな、足場の悪そうで、高ぇ場所に?」
ヒョオオオ。
すでに陽は沈み、気温も下がり始めている。
未だ風は強く吹き渡り。
三人の服をもみくちゃにしていた。
リーブの示した場所はビルの中央部に当たる。
しかしそこは複雑な螺旋構造の機械類が高く連なった、 いわば魔晄の使えない、余ったエネルギーを外へ放出する場所だ。
人が入り込むにはどう見ても適さない。
「・・・だから噂になるんですよ、幽霊だってね」
リーブは無愛想にそう答えると、立ち尽くしたままのクラウドへ 心配そうな視線を向けた。
リーブとて、ケット・シーとして共に戦った仲間だ。
エアリスによく似た人物が出没する噂の究明など、 クラウドに依頼すべきかどうか大分迷った。
だが。
「・・・けれど幽霊が魔晄エネルギーを必要とするわけはないですしね」
「あ?そりゃどーゆーこった?」
「今朝方確認したんですが、このビルの魔晄エネルギーの放出が 明らかに減ってるんです」
クラウドが振り向いて「詳しく」と目で問うた。
「僅かずつですが、 上手くエネルギーが造り出せていないってことです」
「そりゃあれだろ?
 魔晄から別のエネルギーへ転換中なんだから・・・」
「そのことを計算に入れて、云ってるんですよ」
ばっさりとバレットの言葉を切り捨てて、リーブは ひっそりと溜め息を吐く。
「エアリスさん、魔晄、ライフストリーム。
 繋がるだけに、この事件はいやな予感がするんですよねえ・・・」

とん。
クラウドが飛び上がって、非常用の階段に着地した。
かんかん、と駆け上がりリーブの示した地点を見下ろす。
上から見ると屹立した機器が深い渦を巻いているようだった。
「・・・なにか見えますか?クラウドさん」
叫ぶリーブの背後でバレットが暗いだの、照明を増やせだのと喚く。
その時。
(なんだ・・・?)
クラウドの視界にぼんやりとした白い影が浮かび上がった。
『渦』の中心に、ぽつんと。
「・・・!」
バレットもリーブも。
呆気にとられて、口を半開きにしていた。
いつの間に、あんな高い場所に。
人の、影らしき物が。

ぐっとクラウドが身体を手摺りから乗り出した。
「待てよ、飛び移る気か!?」
バレットの制止も聞かずに身を躍らせる。
整備用の狭い梯子にうまく飛び付くと、 影が見えた場所へ身を捻った。

気配にびくりと震えた影が。
クラウドへ振り向く。

「ま・・・さか!」
ひゅっと息を呑んで。
クラウドが呟いた。
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