小高い丘の上から。 ぱたぱたとマントを風に遊ばせつつ街を見下ろす。 あれから一見何も変わらないように見えるが、要所要所に兵士が 配置され、特に空からの攻撃に備えて監視が強化されている。 「・・・短期間によくここまで・・・」 クラウドは改めてツォンの手腕に感嘆した。 いつ襲ってくるかわからない魔物に対して、必要以上に 民衆が怖がらないよう、情報操作もうまくいっているようだ。 (そんな男が) エアリスを十年間育ててきたのか。 ちり、と胸の奥が痛んだ。 ただ闇雲な自分と違って、 あらゆる計算をして行動する男 慈しんでいる娘に、魔物と混血の自分を。 (・・・ちくしょー) ツォンの選択は正しい。 今現在、誰よりも彼女を守れるのは、自分だ。 この時代のどの人間より、あの魔物達を識っている。 クラウドもその自覚があるからこそ、三年もの間彼女を 見守ってきたのだ。 しかしそれをほんの数時間で見抜き決断したツォンの器量に、 ちりちりと焦げ付くような不快感が拭えない。 魔物から、エアリスを守るのは自分だ。 けれどエアリスにとって必要なのは 「クーラーウードー」 不意に後で。 甘やかな声がした。 背伸びをして、ぶんぶんと手を振っている。 「・・・エアリス」 ふわふわと白いリボンを揺らして、エアリスが小走りに駆け寄ってきた。 「何、見てるの?街、面白い?」 はあはあと息急(せ)きながら彼女はクラウドのマントの裾を掴んだ。 (消えない) (ここに居る) いつも幻のようで、夢のようで。 見える姿も半分透き通っていた。 それが今はこうして、触れて。 応えて。 ともに歩き、走る。 (・・・嬉しい) 「ね?」 エアリスは大きな瞳でクラウドを見上げる。 しっかりと彼のマントを掴んだまま、じっと見る。 頬を薔薇色に染めている彼女の体温が、はっきりと クラウドにも伝わってくる。 遠い遠い、時の隔たりが一気に狭まるような感覚。 あの頃は、自分がいつもエアリスを見上げていたのに。 「・・・すごく、面白いよ。 遺跡から出た後、こんな風に街を見たことなんてなかったから」 「ふうん、そっか」 エアリスもにこりと笑ってさらさらと髪を風に流した。 そして小さく首を傾げて訊いていい?と言葉を紡ぐ。 何を、と促せば彼女はえっと、えっとね、と舌足らずな返事をした。 「あのね、わたしがクラウドと初めて出逢ってからね、全然クラウド おっきくなってないよね? ・・・クラウドは歳を取らないの?」 「取るさ、俺だって。 ただちょっとコントロールできるだけだ」 エアリスはびっくりしたように瞠目した。 「ええ?じゃ若くなったりおじーちゃんになったり出来るの!?」 「それは、無理だ」 「えー・・・」 「何期待してるんだよ。 ただ年を取る速度を多少どうにか出来るだけだ。 今、この年齢でいるのは・・・」 「?」 そこまで来て云い淀んだクラウドを、不思議そうにエアリスはまた見上げる。 「何?なに?」 催促するかのように掴んだマントをくいくいと引っ張った。 心なしか彼が照れているように思えて、エアリスの好奇心が逸(はや)る。 「 「?」 「“あの時”の、エアリスの年齢に追いついたから、だ」 エアリスの、翠の瞳が。 これまでで一番大きく見開いた。 ぱたん、と右手が落ちて、それまで彼女が掴んでいたマントの裾がひらり、と 風にはためく。 「エアリス・・・?」 不思議に思ったクラウドが膝をついて彼女の顔を覗き込んだ。 きゅ、と唇を噛みしめて。 少女はその透き通った翠の瞳を揺らしている。 「エア・・・?」 「あのね」 「うん?」 「あのね、クラウド。 クラウドは知ってるんだよね」 「え 「“穴”を塞ぐ方法を」 クラウドが小さく息を呑んだ音が、聞こえた。 ぎゅっ、ぎゅっ、と両のこぶしを握りしめて。 エアリスはクラウドにちゃんと解ってもらおうと、云いたい言葉を 懸命に頭の中で反芻する。 あのね、あのね、わたし思うの・・・・・・ 「あの化け物を退治するだけじゃ、ダメなんでしょ? アイツらが通ってくる空間を、どうにかしないと終わらないんでしょ?」 「クラウドは見てた、はずだよね。 昔の“エアリス”が穴を閉じる力を使うところを」 「だから、教えて。 どんな風にして、異空間を閉じるのか、を」 「わたしには、それが出来る、んでしょう?」 「お前の云っていた有翼人種、 というのはあの黒い翼を持つ化け物どものことか?」 グラスの中の、赤紫の液体を揺らしながらツォンは視線を ヴィンセントへちらりと向けた。 「・・・いや、俺が、ルクレツィアが調べていたのはもっと 過去の時代だ」 「では、魔物を指しているわけではないのだな」 「ああ」 「では」 ツォンは髪を掻き上げながら書類を放り出した。 幾つかの街の警備全てが彼の肩にかかっている状況はさすがに 忙しすぎて、うっすらと両目の下に隈ができている。 「・・・では、“何”を指す?」 「人間」 「・・・なんだと?」 ヴィンセントはツォンを振り返り見た。 「ある、特定の人間種の、話だ。 その血脈はあの遺跡を中心に多く見つかっている。 おそらく、エアリスは。 もしかするとクラウドも。 ・・・有翼人種の遺伝子を持っているのかもしれない」 |