「古くからの文献を調べると、その歴史の要所、要所に 俄(にわか)には信じられない現象が記されていることがある」

自分が探求する世界を語る時、 普段無口なヴィンセントは饒舌になる。
ツォンはそのことをよく理解していたし、 饒舌なヴィンセントが語る“それ”はかなりの検証に裏打ちされた ものであることも知っていた。
「・・・遥か以前に、我々よりも高レベルの人類が居たという説は 聞いたことはある。
 お前の云う『有翼人種』がそれに当たるというのか?」
「要約すれば、そうだ」
ツォンは回していたグラスを止め。
こくりと残りの液体を流し込んだ。
「ヴィンセント、お前は先日の“あれ”を、見ていたな?
 そのことが確証となったわけだ」
ツォンの云う“あれ”とは、クラウドが怪物を薙ぎ払った時に 見せた光のことだった。
彼の背から拡がったそれは、まるで翼のように見えた。
「そうか・・・ツォン、お前にもあれは羽根に見えたのか」
ヴィンセントは微かに唇だけで笑った。
そして抑揚のない声で淡々と話を進める。
「あれが“翼”だ、そう認識した時全てが符合した。
 有翼人種の翼は実物ではなく、彼らが力を解放した時に見せるオーラの形状を 人々が翼として喩え、伝説に残ったのだ」

ぎし、と椅子が鳴る。
ツォンが深く椅子に凭れてすらりとしたその足を組んだ。
「確かに、辻褄は合いやすい。
 クラウドの母たる女性がその有翼人種の遺伝子を持っていたから、 クラウドは怪物と人間の混血として生を受けたにも関わらず、あれだけの理性と力を 駆使できる。
 そして『エアリス』は有翼人種の血筋であればこそ、“穴”を塞ぐ力を 有していた      、そういうことなのか」
ヴィンセントは目を眇め、呆れたかのようにツォンを見遣った。
「・・・わたしの推測と同じだ。
 ツォン、わたしはお前とルクレツィアと、 三人で研究を進めたかったよ。
 お前が貴族で、軍人で、王の親戚でなければ・・・な」
ツォンは大げさに肩を揺らし、鼻先で笑う。
「わたしはこちらの方が肌に合っているよ、ヴィンセント。
 存外に細かな仕事が多いのには多少閉口しているが、な」
ヴィンセントはそんなツォンに向けて穏やかに微笑んだ。
首を竦めてマントに口を埋める。
「お前は、器用だ・・・そのことが羨ましかった。
 わたしがもう少し上手く振る舞う出来れば、 ルクレツィアもエアリスも・・・」
「ヴィンセント」
強い声音で、ツォンはヴィンセントの後悔を否定する。
   ヴィンセント、すでにどうにもならん過去を 振り返るよりも、現在(いま)のことを考えろ。
 我々が為さねばならないことは」
ばさ、とヴィンセントの紅いマントが翻った。
その先はもう云うな、とやはり紅い瞳が訴える。
「ツォン、わたしは不器用で要領が悪い。
 あの娘(こ)を抱きしめることも優しい言葉をかけることも、未だ出来ぬ。
 しかし・・・エアリスの幸せを、願って止まないのだ。
 あの頃も。
 そして、今も」









「・・・まだ君は幼い」

これでも一晩中悩んで。
そしてありったけの勇気を奮い起こして。
たったひとりしか知り得ない事実を訊ねたのに。
クラウドは暫し沈黙した後、ぼそりとそう云った。
まだ、子どもだから早い、と。
「・・・っ」
淡いピンク色の唇を噛み締めて。
エアリスはじっとクラウドを見上げた。
わたしは本気だったのに。
知っていて、はぐらかすような事を。
この人は云った      .

「・・・ばかっ!」
「へ?」
「馬鹿莫迦バカばかっ!!」
「・・・なっ・・・」

クラウドは何故か非常な彼女の怒りを感じた。
ばか、の言葉ひとつにありとあらゆるニュアンスを 詰め込んではいなかったか?
ぷーっと頬を膨らませて、エアリスはクラウドを睨み続ける。
腰に両手を当てたその姿はまさに仁王立ちだった。
「おい、よく考えてもみろよ。
 『穴』を塞ぐ作業はかなりの精神集中と、そして体力の消耗を要求される。
 あの『エアリス』ですら数時間以上はその作業を連続して出来なかったんだ。
 まだ何も知らない、小さなあんたに出来るはずがないじゃないか」
「出来るわ!」
間髪容れずにエアリスは叫ぶ。
涙で潤み始めた翠の瞳が綺麗だ、と場違いな事をクラウドは思ったりしたが。
「出来るわよ、わたしわかるもん!」
「わかるって何が・・・」
「わたしは『エアリス』だからよ!
 感じ取れる、その力はすぐ其処にある。
 わたしが手を伸ばせば掴まえられる。
 ただクラウドが示してくれれば、 掴む事が出来るの   !」

激高して叫ぶように言放つエアリスを、愕然とクラウドは見た。
今の言葉を喋ったのは・・・本当にこの幼い少女、なんだろうか?
まるで。
まるで、今のは。
「・・・エアリス・・・」
はあはあと肩で息切らせながら。
少女は彼の言葉に反応した。

「そうよ」

ざあ、と長い髪が風に煽られる。
碧の懐かしい瞳が、自分を見ていた。
我侭で気が強くて、誰よりも優しかった。

「だから、教えて、クラウド」

クラウドはその小さな身体を思わず抱き竦める。
エアリスは一瞬驚き身を固くしたが、すぐに力を抜いて彼の 腕に身を委ねた。
「・・・あんたは、いつも俺を困らせる」
「うん」
「ひとりで行動するなっつっても、どっかに行っちまうし。
 無理するな、って頼んでも俺に隠れて無理してたし。
 俺が最前線で戦いたいっつっても、どうしても駄目だ、って止めるし」
「・・・ほんとに好き勝手なんだ・・・」
困ったようにエアリスは顔を赤くして、中腰に なってくれているクラウドの胸にもぞもぞと頬を寄せる。
「なんだよ、やっと自覚したのかよ」
「むー・・・、だってそれ昔のことなんだし。
 わたしだけど、わたしじゃ、ないもん!」

(だからそれが勝手なんだって)
クラウドはエアリスに悟らないように、小さくため息を吐く。
なあ。
それでも。
あんたの云うことはどこか、筋が通っていて逆らえなかった。
      俺は、確かに怒ったり困ったり呆れたりしてけど。
(それでもあんたを・・・・・・)

ぽんぽん、とエアリスの頭を軽く叩いて。
漸くクラウドはその小さな身体を解放した。
中腰の姿勢のまま、膝を曲げて目線をエアリスと同じくする。
そうして彼女のふっくらとした手のひらを、己の額へ導いた。
「ちゃんとしたことを、彼女から聞いた訳じゃない。
 ただ彼女が力を使う時に、俺が感じた気の流れと、この大地の共鳴と。
 そして“穴”周囲の空気の動き。
 そのくらいしか、今のあんたには伝えられないだろう。
 それでも、いいか?」
こくん、と細くて華奢な喉が唾液を飲み込んだ。
エアリスはクラウドの額に置かれた自分の手のひらが、 緊張して汗ばむのが、わかる。
「・・・だいじょぶ、なんとか出来ると思う」
エアリスは瞳を閉じて。
クラウドの過去で記憶と感覚を共有しようと呼吸を整えた。





流れ込むその記憶の奔流。
かなりの速さでイメージがくるくると転換してゆく。
その中に混じる、自分で自分を見つめる奇妙な感覚。
手を伸ばせば、届きそうな雲の固まり。
広い広い草原。
草いきれの中、すらりと立つ女性。
振り返る、その表情。
たおやかな腕を差し出す。
(・・・綺麗な、手をしてる)
(クラウドは綺麗だね。
 純粋で   強い)

あなたの、その想いが。


わたしの。





はっとして気が付けば。
心配そうにクラウドが自分の顔を覗き込んでいた。
「きつかったか・・・?」
エアリスはにっこりと微笑み返した。
「ううん、平気」

ああ、わたしは知っていた。
覚えていた。
あなたを、守りたくて。
わたしの、この力は。
あなたの、為に         ・・・
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