細くて、柔らかくて。
頼りなささえ覚える手だった。
それでもしっかりと五本の指で絡めて。

彼の手を繋ぎ止める。

「ここに、居ていいんだよ」
そう云って、微笑う。
「わたしと、一緒に」
この大地で。



小さな、クラウド――――――




「正気の沙汰とは思えませぬ」
長い白髭の老人は、せかせかと口を開き続けた。
「あの子どもは偶然この世界にこぼれ落ちたにすぎません。
 成長すればいずれ貴女さまを襲いましょうぞ」
“彼女”は勢いよく振り返り。
長い亜麻色の髪をばさりと揺らした。
「うるさいな。
 おじーちゃんは黙っててよ」
「な、な、な・・・っ!!」
「わかんないの?
 あの子の瞳の色が?
 ひとりにしたら、ダメなんだよ。
 淋しくて、ダメになっちゃう」
「じゃ、じゃが、ですな!
 あの子の力を見くびれば、貴女さまが・・・っ」

べー、と赤い舌を出して“彼女”は駆けていった。
老人はがくりと肩を落とし。
ため息をつく。
「どうしてあの子どもを、あの方が拾ってしまわれたのか。
 ご自分の身にどれ程の災いが及ぶか、聡明な貴女さまはご存じのはずなのに」

老人は長い廊下を彩る幾つもの木漏れ日を、ぼんやりと眺めた。
「この、美しい世界は。
 風前の灯火。
 じゃが神は我々にこの世界を守る術を与えてくださった。
 エアリスさま・・・その貴女が。
 どうして」

どうして魔物の子を。




「俺は、人間じゃないって」
少し成長した子どもは云う。
「昨日、村を襲った奴らとおんなじだって」
淡い青の瞳を揺らしながら。
「真っ黒で、空を飛んで、人間を喰らう・・・って」
ぐしぐしとしゃくり上げながら。
子どもはその、美しい人に云う。

「俺は、“何”?」

エアリスはにっこりと笑いながら。
腰を屈め、クラウドの頬の涙を拭った。
「クラウドは、クラウド、だよ」

魔物と、人間(ひと)の、混血。

「大丈夫、怖くないから。
 クラウドは綺麗な“力”を持ってるから。
 この世界に、居ていいんだよ、ね?」




緩やかに、魔物の数は減ってゆく。
彼女の祈りが。
魔物の世界と人間の世界を繋ぐ空間を。
塞いでゆく。

そうして、彼女はゆっくりと弱ってゆく。



彼女の生命(いのち)こそ。
この世界を守る唯一の、術。



「あ、あ、あーーーっ!!」
背に焼け付く痛み。
必死に押さえようとしても、止まらない衝動。

奪え。
喰らえ。
壊せ。


「あああーーーーっ」

「クラウド!」
「たすけて・・・っ、たす・・・」
「クラウド、だめっ!!」

エアリスの両腕が、クラウドを抱え上げた。
そうするにはやや重すぎるほど、クラウドは成長していたのだけれど。
「いたい・・・、こわい・・・っ」
自分の身体を押さえ込むようにして、クラウドはエアリスの胸の中で 震えた。
溢れ出す衝動に、自分自身が翻弄されてゆく恐怖。
「大丈夫・・・大丈夫だから。
 わたしを、信じて」

「エアリスさまっ!!」
何人かが慌てふためき。
駆け寄ってくる。
「いけません、その子は“羽化”する。
 黒翼が生えれば、完全に魔物になる。
 ・・・その子の魔の力を浄化するなど、貴女さまの衰えた身体では 最早自殺行為ですぞ!?」
かたかたと身体を震わせたまま。
クラウドは必死にエアリスに腕を伸ばししがみつく。
金糸の髪が、彼が首を振る度にぱさぱさと音を立てた。
エアリスがその細い身体で精一杯、クラウドを抱きしめる。
「長老・・・、お願い、わたしの我が儘を聞いて」
「なりません、そんな子どもの為に貴女さまを喪うわけには・・・っ」
「―――『穴』は塞いだからもう魔物も残党しか残ってないでしょ。
 お願いだから、クラウドを・・・」

エアリスは普通の女性だ。
笑って、怒って、悲しむ。
華奢でそれでいて剛(つよ)い、女性だ。
ただ、『力』を持つ故に。
それ故に、この世界のために・・・自身の殆どを犠牲にしてきた。
だから。
だから。
魔物との戦いが終われば。
普通に。
幸せに。
―――そう思ってきたのに。

「エアリスさま・・・」
「ごめん、ごめんなさい・・・おじーちゃん」
血の繋がりのない自分に、屈託なく“おじーちゃん”と呼びかける。
優しい娘。
「エアリス、さま・・・」
もがき続けるクラウドを抱き留め。
エアリスは微笑みさえする。
「大丈夫、クラウドは“綺麗”だから」

ああ、そうだ。
彼女は自分で決めて、そして実行した。
異空間―――『穴』を閉じることも、クラウドを育てることも。
そして現在(いま)。
クラウドの裡(なか)から、魔を浄化しようとしている。
長老は、ただ。
頭(こうべ)を垂れるしかなかった――――――




不思議な、水晶だった。
虹を構成する色の全てが、きらきらと反射する。
「・・・こんな地中深い祠(ほこら)に、これ程の大きな水晶。
 偶像のように奉ったものかしら?」
ルクレツィアはもっとよく観察しようと近づいた。
そして不可解な影に気づく。
「まあ、これって・・・人形かしら?
 青い服の・・・男?」
彼女は数人の研究仲間たちと頷くと、薄い手袋をはめて。
見上げるほど大きな水晶に手をかけた。
その時。
水晶の中の影が、動いた気がした。
「な、なに?」
ふたつの青い瞳らしき、光が。
ルクレツィアの双眸を射抜く。
同時に熱い小さな何かが、彼女の肉体へ飛び込んでくる、感覚。
「あ、ああっ!!」
崩れ落ちた彼女の身体を、ふたりの男たちが支えた。
「どうしました、ルクレツィアさん!?」
ごごご、と地鳴りが響き渡る。
地上に近いところに居たひとりが叫んだ。
「危険です、ここから出てくださいっ!」

ルクレツィアは肩を支えてもらいながら、その祠から脱出した。
途端、大きな轟音とともに、祠への道は岩盤に塞がれた。

「ああ、もったいないですね。
 これから調査という時に」
「この遺跡に居た人々に、どんな宗教が流布していたかの手がかりになったかも しれないなあ」
「・・・どうしました、ルクレツィアさん?
 顔色が悪いですよ」
「な―――なんでもないわ・・・たぶん」



だが。
その数日後。
彼女は自分が、妊娠していることに気づいたのだった。
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