「・・・ク、ラウ・・・ド」

エアリスは小さく口の中で呟いてみる。
どこかしら懐かしいけれど。
自分が『彼』に名付けた覚えは皆無だ。
「エアリスにもらった名だと?
 どういうことだ、第一お前はエアリスより遥かに年上だろう?」
切れ長の眼を厳しく細めたまま。
ツォンは刀の切っ先をクラウドへ向け続けている。
クラウドは黙りこくって、動かない。
エアリスが手足をばたつかせて地面へ降りようとするが、 ツォンの逞しい腕に阻まれて叶わなかった。
「・・・答えろ。
 お前は何だ?」

さわさわと風が吹いた。
クラウドのくたびれたマントが、淋しげに揺れる。

「俺は」

薄青の瞳が、ツォンを見た。
少し傷んだ金糸が、ぱさぱさと乾いた音を立てて風にそよぐ。
「俺は、ただエアリスをアイツらから守れれば・・・それで」
「“アイツら”?
 その奇妙な怪物どもか?」
ツォンは己が止めを刺した怪物の首と、クラウドが真っ二つにした 二体を見遣る。
「まだ終わりじゃない。
 むしろこれからだ・・・だから俺は」

クラウドはツォンに抱えられたままのエアリスへ視線を向けた。
「・・・アンタを見つけなきゃならなかった。
 アンタに気付かれなくてもかまわない。
 傍にいて、守ることが出来れば・・・それで」

ふん、とツォンは鼻を鳴らした。
そしてす、と刀を鞘に収めると。
エアリスを抱き直し、自分の左肩へ乗せる。
「―――随分とややこしそうだ―――館でじっくりと聞くこととしよう。
 よもや姿を眩ますまいな?クラウド」
クラウドは悔しそうに、微かに唇を噛んだ。
それでもはっきりとツォンへ頷くと、ばさっとマントを翻す。
ツォンは横目でそれを確認すると、大股で歩き出した。
「ヴィンセント・・・お前もだ、来い」
数歩先の茂みで、ツォンが声を掛けた。
自分たち三人以外の“人物”が居たことに、驚いてエアリスはツォンの首に 抱きつきながらその茂みの人物を、見る。
(誰?)
背が高くて、髪も長い。
(ツォンさまのお友達?)
紅(くれない)のマント、長い髪。
そして紅(あか)い瞳。
(紅いの、珍しい)
不躾なくらいに、エアリスはヴィンセントを見つめた。
ヴィンセントもエアリスを見ている。
エアリスは小首を傾げて、眉を寄せた。
(あれ・・・?
 この人も懐かしい?感じ・・・?)

すたすたと歩くツォンの肩の上で揺れながら。
仕方なさそうに付いてくるクラウドとヴィンセント。
ふたりとも疲れたような顔をして。
(あれ・・・??)
エアリスは再度首を傾げた。
このデジャヴにも似た感覚は一体なんだろう。
エアリスはぼてぼてとツォンを追う、太った猫へ視線だけで 訊ねてみたが。
猫は「んみゃ」と啼くだけだった。





館に入るなり、ツォンは側近達に二言、三言告げた。
彼らは短く頷くと、あっという間に分散する。
「この話を、誰かに不用意に聞かれては困るだろうからな」
エアリスを肩に乗せたままで、ツォンはそう云うと書斎のドアを開く。
相変わらずの書物の多さと、その古びた紙の匂いが普段と変わらなくて。
エアリスは安心したように息を吐いた。
こっそりと斜め後ろを振り返れば。
『クラウド』が無表情なまま顔半分をマントに埋めて。
そしてそのクラウドの後に、やはり顔半分をマントで隠している 『ヴィンセント』が居る。
(マント、好きなのかしら?)
しかし顔を隠さなくても良いだろうに。
ふたりとも無表情ではあるが、整った容姿をしている。
(もしかして・・・隠れたいのかな?)
まだ幼いエアリスは直感的にそう感じたが。
何故そう思ったのかは、自分でも理由は見つけられなかった。

室内のカーテンは念のために閉め。
ツォンは燭台に火を点す。
エアリスは未だ彼の肩に乗っかっている。
ヴィンセントが口元を覆っていたマントを下ろして。
その紅い瞳でエアリスを見た。
「・・・この娘(こ)に、聞かせるのか?
 まだ幼すぎるだろう?
 席を外させてはどうだ?」
ツォンは右眉を小さく跳ねると 「その必要はない」を答(いら)えた。

「このわたしが、十年間育て、教えてきたのだ。
 この子は己の真実を知ることに、充分立ち向かえる」
ヴィンセントは瞠目し、そして掠れた声で笑った。
「は・・・はは・・・、
 それはまるで自慢だな」
「当然だ。
 わたしの娘なのだから」

ツォンの大きな手のひらが。
エアリスの背を柔らかく撫でる。
厳しいけれど、誰よりも優しい育ての親。
口数が少なくて、褒めることも滅多にないこの国の大領主。
彼がこうして背を撫でるのは。
本当はとてもとても心配だからなのだ。
(しっかりしなきゃ)
この奇妙な集まりの、発端は。
おそらく自分なのだから――――――



「さて、エアリス」
ツォンがエアリスを見上げた。
「まず、おまえの話から聞こう。
 この『クラウド』を以前から知っていたのか?
 確か三年ほど前におまえが語った、謎の侵入者と特徴が似ているな」
エアリスはこくりと頷くとクラウドを見遣る。
表情の乏しい彼から、何の感情も探ることは出来なさそうだった。
しかしどこか心細そうに思えるのは何故だろう・・・

「うん、あのね、同じ人なの。
 どうしてか解らないけど、エアは彼が傍にいると・・・感じるの」
「・・・では三年もの間、こいつはわたしの城に堂々と、しかも 頻繁に出入りしていたというわけだ・・・」
不愉快げにツォンの眉間に皺が寄る。
エアリスは慌てて首を振った。
「だってわたしと一緒に遊んでいたケット・シーだって気付かなかったもの。
 何回か『彼』を侍女達に見られたかと思ったときもあったけど、誰も誰も・・・ 気付かなかったから!」
ふむ、とツォンは顎を撫で。
部屋の隅で、壁にもたれているクラウドを睨んだ。
「・・・どういうからくりだ?」
クラウドは薄青の瞳をちらと動かした。
のろのろとクラウドは壁から身を起こすと。
「―――こういうことだ・・・」

その科白とともに。
不意にクラウドの姿が掻き消えた。
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