ざしゅ

四匹目が、『彼』の剣に切り裂かれる。
(あとみっつ)
『彼』の剣の輝きは衰えない。
閃き、返し、裂く。
その動きは流麗で、それでいてどこか荒々しかった。
腕の中のケット・シーは大きな瞳をぱちぱちさせて、短い鼻息を吐き続ける。
おそらく目前の出来事についていけなくて、硬直しているのだろう。
普段物怖じしない、エアリスですら。
思い通りに身体を動かせない。



(黒い、怪物)
黄色い眼(まなこ)をぎらぎらさせて。
自分を睨む。
(蒼い、ひと)
翻るマントから覗く背中。
三年もの年月の間で、初めて見る『彼』の背。
(・・・初めて?)

どこか。
遠い、遠い、何処かで。
自分は識っていたのではないだろうか?
恐ろしい形相の怪物達も。
・・・『彼』の、淋しげな背中も。



どくん

ふと心臓が大きく跳ねた。
予感だ。
エアリスは胸元を押さえながら、辺りを見回す。
いやな、予感。

五匹目が、首を刎ねられた。
ぼてぼてと転がるそれが、エアリスの前で動きを止める。
「ひ・・・っ!」
エアリスは短く悲鳴をあげた。
緑色の液体―――おそらく怪物の血液だろう―――をべっとりと纏わり付かせて。
黄色く濁った目玉がぎろりと動く。
“首”は、ぱくりと大きくその口を開いた。
長く鋭い歯牙の隙間から、しゅるる、と灰色の分厚い舌が伸びてくる。
尖ったその舌は、まっすぐにエアリスを狙っていた。
「きゃっ!」
辛うじてエアリスは身体を地面に伏せて、その舌先を避けた。
だが“首”は、かっと目を剥くと、倒れ込んだエアリスへ再度大きく 口を開く。
身体を起こそうとした彼女の鼻先へ向けて、恐ろしいスピードで またもや舌が伸ばされた。
「・・・エア・・・ッ」
その気配に『彼』が気付いて剣をそれに向けようとした時、残った二匹が『彼』の視界と 剣の行く手を塞いだ。
薄青の瞳が、大きく見開かれる。
「どけっ!!」
激しい『彼』の怒号が飛んだと同時に。
エアリスの身体がふわりと持ち上がった。
続けざまにざくっという鈍い音。
長い黒髪が、さらりとエアリスの頬を撫でる。
「・・・あ・・・」
目まぐるしい展開に、エアリスは乾いた咥内にこくりと唾を呑み込んだ。
舌をだらりと地に這わせた状態で、“首”は脳天を刀で貫かれていた。
エアリスの身体を力強く抱き締め、彼女の窮地を救った男は“首”から 愛用の刀をずぶと抜く。
てらてらと滑(ぬめ)る緑の体液が辺りに滴った。
「ツォンさ・・・」
「来るぞ!」
エアリスの声を遮り、ツォンが『彼』へ叫んだ。
一端『彼』の剣に弾かれた二匹が旋回して再び下降してくる。
「・・・」
『彼』は無言でツォンとエアリスを一瞥し。
くるりと身を翻した。
鞘を握る拳に力を込め。
深く息を吐き出す。
ざああ、と辺りの空気が震えた。
エアリスの目に、『彼』の纏う蒼い微光がゆらゆらと立ち上るのが はっきり見えた。
やがてその蒼い光はぐんぐん明度を増し。
彼の全身から無数に放たれるかのような光の線条になる。
「つばさ・・・」
ツォンの腕の中で。
エアリスはその蒼光を凝視しながら、無意識に呟いた。

まるで、大きな光の翼。

ツォンはその言葉にぎょっとした。
翼。
・・・有翼人種。
その、奇妙な符号。
(まさか)

怪物は、あたかもその光に吸い込まれるように急降下してくる。
真っ黒なその翼の先に、伸びた鉤(かぎ)の爪が。
あと僅かで『彼』に届くかと思われたその時。

ひゅっ!

短い旋風と共に薙ぎ払われた巨大な剣が。
残った二匹を、たちまち真っ二つに切り裂いた。







全ての怪物を倒したと同時に、『彼』の纏っていた光も消え失せた。
頼もしかった『彼』の背が、またしても淋しさに彩られた気がして。
エアリスは『彼』へ駆け寄ろうとした。
「あ、あれ・・・?」
間抜けなことに、彼女は未だツォンにしっかりと抱えられていて、殆ど 身動きできない。
「お、下ろして、ツォンさま」
「まだ危険が残っている」
「え?」

本当に時折にしか見せない、厳しい表情でツォンは『彼』を見ていた。
先程の怪物の来襲で、『彼』はここで漸く・・・エアリス以外の人間に己を晒した結果と なったのだ。

ぴっ、とツォンは刀に張り付いた緑色の体液を払い落とし。
そのまま刀を返して、『彼』へ切っ先を向ける。
「何者だ・・・?
 以前からエアリスに近づいていたのか?
 よくもまあ、このわたしの目から逃れてきたものだ」

『彼』はゆっくりと振り返って。
無表情に自分へ向けられた刀を見た。
暫し逡巡するかのように俯いたが。
意を決したかのように顔を上げ。
そしてツォンの腕の中の、エアリスへその瞳を動かす。

「俺・・・は」

いつの間にか、ヴィンセントが『彼』の背後に佇んでいることに、 ツォンは気付いた。
暗い瞳でこちらをじっと見ている。
ツォンの眉間に皺が寄る。
ヴィンセント、黒い化け物、そして金髪のこの男。
雪崩のような事象の積み重ね。
―――これは何らかの未来の、発端なのか?



『彼』は一度唇を閉じて、また開いた。

「俺の名は、クラウド。
 彼女・・・エアリスにもらった名だ」
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