不気味な黒の群れは不規則な形を取りながら、近づいてくる。
これだけの数が襲ってくる経験はクラウドにも 片手で数える程しか、ない。

(やつら、『穴』が閉じかかっているのに・・・気づいてる)

周りの人間が迎撃態勢を整える中、クラウドは 羽翼(はね)の音に混じって、 腹の底に響くような、重い律動を感じていた。

(化け物どものなかでも最大級が混じってるな。
 いち、に・・・三匹)

「こうも早く総力戦になるとはな」
ツォンが祈りの途中のエアリスを抱え上げた。
「クラウド、エアリスを頼む。
 いいか、彼女を守ることがおまえの第一の使命だ、忘れるな!」
振り向いたクラウドの腕の中にふわ、と エアリスの身体が収まった。
「ツォンさま!」
エアリスはクラウドの腕から、身を乗り出すようにして叫ぶ。
しかしツォンは一瞬振り向き唇を吊り上げ不敵に笑うと、 そのまますぐに背を見せた。
「指示通りにするんだ」とふたりに云い残し 駆けてゆく。
もう一度、その名を呼ぼうとして。
エアリスはそれを必死に呑み込んだ。
『為すべき事を為す』、その重要性を幼いエアリスとて 十二分に理解しているのだ。
「エアリス・・・」
クラウドは、温かなその存在を彼女に伝わらない程度に ぎゅ、と力を込めて抱いた。

共に在りたい、と望んで。
その望みが、幾多の悲劇を生み出してきたとしても。
ただ、傍に。
一緒に、居たいと。
長い長い      時間(あいだ)。

クラウドは切り立った岩が重なるようにして 形成された洞窟へ、エアリスを抱えて駆け込んだ。
上空からは洞窟の存在は殆ど目視できないが、 魔物たちはエアリスの力に反応する。
油断は出来ない。
抱いていたエアリスを下ろすと、クラウドは彼女の目線に 合わせるように膝を折った。
「・・・エアリス」
「うん?」
エアリスは顎を小さく引いて、しっかりとクラウドの 瞳を見据えた。
「何があっても、守るから・・・信じて」
「うん」
「俺も、ツォンも、危なっかしい時もあるかも、だけど。
 絶対斃れないから」
「・・・うん、わかってる」
にこり、と可憐な花のように微笑んで。
エアリスはそっとクラウドの頬に右の手のひらを当てた。
「なんだかね、クラウドと居るとすごく大胆になれる気がする」
「え・・・?」
「なーんでも出来そうな、っていうか。
 こう、気持ちがわぁーって感じ?」
「う、ん・・・それ喜んでいいのか、な?」
「多分!」
それが何から派生する高揚感であるのか。
本当に幼いエアリスと、大人になりきれないクラウドには、その 正体がわかるべくもなく。
ただぽかぽかとしたエアリスの指先に。
クラウドは顔を赤くするだけだった。



びゅ、びゅ、びゅおん。
森の木々の間から、次々と巨大な岩石が飛ぶ。
複数の投岩機から放たれるそれは、かなりの精度で 上空の魔物達の翼を貫き、折った。
それを逃れたとしても、今度は崖の上から一斉に矢を放たれ、 やはり翼をぼろぼろにされる。
飛べなくなった魔物に対して数人が一度に斬りかかり、止めを刺す。
基本は単純だが、比較的魔物達の知能が低いこと、そして 兵士達の相当な訓練に寄る正確さが、かなりの効果を上げていた。
全体の戦況を素早く把握し、命令を出すツォンの力も大きい。
立ち籠める砂埃、つんざくような魔物の悲鳴と兵達の怒号。
油をかけられ火達磨になる魔物も多く、焦げた臭いが充満している。
その中に混じる鉄の臭いは、人間(ひと)の血か。
エアリスが身を寄せている洞窟にも、小さな護符の陣が描かれていた。
その中心に屈み込み、エアリスは祈りの続きを行っている。
先ほどの巨大な陣と違い、祈りの効果は低くはなるが、 それでも徐々に『穴』を狭めることはできる。
クラウドは『穴』から這い出てくる魔物が居ないことを確認し、 そして多くの魔物たちが倒される中、最大とされる力を持つ魔物三匹が まだ健在なのを知った。
その体躯も攻撃力も他の雑魚とは段違いで、兵士達への被害が大きい。
やがて一際黒光りのする魔物が、クラウドとエアリスの居る洞窟へその 濁った眼を向けた。
鋭い牙の並ぶ口をばくりと開き。
まるで「見つけたぞ」と云わんばかりにけたたましく鳴く。
「・・・・・・」
剣を構えたまま、クラウドの周囲の“気”が濃くなってゆく。
そうしてゆらゆらと淡く光り出す、蒼。
蒼い、光。
ちかちかとしたその小さな発光色は、瞬く間にその輝きを増してゆく。
(あ・・・!)
ふい、とエアリスが顔を上げればクラウドの背中が、 蒼白く細い光の線で取り囲まれていた。
そしてぐん、と弾けるように煌めき。

(つばさ、だ      

左右対称に拡がる蒼光のそれは、まるで気高い翼を連想させる。
うっとりとそれを見つめながらエアリスは懐かしい想いに襲われた。
(わたしは)
この翼を知っている。
(何度も何度も)
この透き通る蒼い光を、見てきた。
(わたしの)
懐かしい翼・・・・・・!

ぶん、と剣を振るえば、ぴりぴりと空気が震えた。
巨大な魔物は縋り付く兵を振り払い、飛んでくる無数の矢を その厚い皮膚で遮り。
じりじりと向かってくる。
クラウドはエアリスへ振り返り「すぐ戻る」と告げるや否や、 とん、と片足を踏み出すと跳躍した。
広い空間に大きく拡がる光の翼は、ますます美しくその姿を地上に 見せつける。
振り翳された剣の表面で、無数の蒼い光がくるくると弾かれ、消えてゆく瞬間。
ざぐり、と鈍い音がして。
強大な魔物は首を殆ど斬り落とされて、どぉおおん、と崩れ落ちた。
だがしかしクラウドは厳しい目でまた空を見上げる。
(残りの二匹たちが、来る・・・!!)

檄を飛ばしながらツォンは最大級の魔物が二匹、舞い降りてくるのを見た。
“あれ”は自分たちの手には負えない。
ツォンの立てた作戦は、普通レベルの魔物に対して、のみだ。
「一匹程度ならなんとかなったんだがな」
しかしこのまま手を拱(こまぬ)いているのも癪だ。
「ルード、レノ、ついてこい!」
      エアリスには触れさせん。
そう、誓ったのだから。

ぶあああ!と旋風を起こしながら、二匹は円を描くように 降下した。
それでも着地はしない。
ぎりぎりの低空飛行を繰り返しながら、その獰猛な牙を 光らせ、炎の塊を吐く。
どん! どん! どん!!
エアリスの居る場所もぐらぐらと揺れ続けた。
クラウドは洞窟への攻撃を反らすように動き回り、 魔物たちの狙いは完全にクラウドに移行していた。
蒼い光の翼は、そういう意味では目立つのだ。
「・・・ちっ!」
二匹の連携した動きはクラウドの予想を上回っていた。
彼が攻撃態勢に入ろうとすればそれを崩し。
崩したと思えば火の玉を吐く。
「クラウド!」
ごお、とクロスボーから矢が連射された。
弓を得意とするレノの狙いは正確だ。
その、僅かな隙をツォンとルードが突く。
「苦戦中か?」
「・・・すみません」
魔物の羽翼(はね)が引き起こす強風をかいくぐりながら、 ツォンとクラウドは背中合わせになった。
「ほお、素直に認めるな」
「あの二匹は人間でいう双子、です」
「・・・それで?」
「一匹ずつならいい、けれど二匹揃うと・・・」
ざああと腹を見せて一匹がふたりの眼前を飛ぶ。
斬りつけようとしたその瞬間、背後から巨大な炎が大地を舐めた。
「早い、な」
「阿吽の呼吸、っていうんですか?」
「そうだな」
「・・・羽翼(はね)をやります、残りを引きつけてくれますか?」
「無論」
一端ふたりは跳び退って遠く離れた。
かあ、とクラウドの光が強くなる。
かかげた剣をゆるりと動かすと、まるで光の帯が流れるようだった。
「レノ!連射だ、休むな!
 ルード、右のヤツを引きつける、死ぬなよっ!」

地上に近い方が妙な動きに気づいたが、攻撃を誘うようなツォンたちに その濁った眼を向けた。
ほんの僅かな、その隙。
ぶあ!
瞳を焼くかと思うような発光が、 昇竜のように上空の一匹を貫いた。
片羽翼をやられ、それはくるくると落下する。
「・・・くっ」
がくり、と膝が折れて、慌ててクラウドは剣で我が身を支えた。
膨大な力の放出は、体力を根こそぎ攫う。
「まだ、だ。
 まだ      !」



その時。
うっすらと閉じかかる『穴』の向こうに。
ゆらりと薄い影が映った。
それは。
地上に居る二匹よりも、遥かに大きな、影だった。
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