ざわり。
唐突に背筋が震えた。
奇妙な胸騒ぎが、どくどくと溢れだしてくるようで、 エアリスはその小さな手のひらで口元を覆う。
(・・・!)
何かが、彼女の頬に触れた。
風のような、香りのようなもの。
「クラウドッ!!」
ばっとエアリスは立ち上がると、洞窟の外へ向けて走り始めた。
急がないと。
急がないと。
・・・間に合わない。
頭の奥に響く声のようなものに、 駆り立てられるように   走る。



(!!)
双子の片割れを仕留めもう一体を、と体勢を立て直したその時。
クラウドはこれまで経験したことのないプレッシャーを感じた。
(っ、何だ?)
ビリビリとそれは肌を突き刺してくる。
振り仰ぎ、その方角を注視した。
次の瞬間震えだした右腕を左手で押さえ、きつく唇を噛む。
(く、そ・・・っ!
 こんなレベルが、居たのか)
ざあ、と血の気が退くのがわかった。
それでも腕を振り上げ「伏せるんだ、身を隠せ!」 と有らん限りの声を張り上げる。
ツォンたちもその存在に気付き一瞬息を飲んだが、すぐにあちこちに 伝令を飛ばし始めた。
クラウドはだん、だん、と跳躍し足元の確かな地形へ移動する。
双子の魔物の生き残っている方は、一匹になったせいかそれとも 己より強大な仲間に畏れをなしているせいか、慎重に 回転飛行している。
「一か八か・・・やれるか!?」
最大級の魔物は上空で通常の数倍はある赤黒い口を、 ぱっくりと開いた。
その飛翔している高さと巨体。
それが、今炎の玉を吐くとしたら。

   此処に居る兵士の殆んどが、焼かれる。

クラウドに迷いは許されなかった。
ぐっと剣を握り締め、一瞬で気を高めてゆく。
「お、おお・・・っ!」
低い唸りとともにクラウドの蒼い光の翼が更に大きく広がる。
すぅ、と一筋の光線が空中を劈(つんざ)いた。
最強の魔物はその光に気付き、のそり、と鎌首を擡(もた)げ。
濁った紅い眼で地上のクラウドを捉えた。

ひゅんひゅん、ひゅん。
クラウドの“翼”から、弾き出されたかのような白く尾を引く 光線が舞い始める。
魔物は焦点をクラウドの定めたのか、赤黒い口腔内から熱の塊を 放出しようとしていた。
クラウドの方も全身全霊の力を放たなければ、倒せない。
びしびしと彼を取り巻く大気が、 まるで感電してゆくようだ。
そうして今まさに攻撃を仕掛けようとした時。
小さな小さな手が。
クラウドの右手の指に、重なった。
(・・・な、にっ!?)

どん

大地が震えたかと思うと、周りの人間の全てが。
目の眩むような激しい閃光に包まれる。
それは空中にいた数匹と、巨大な一匹の魔物をも。
呑み込んだ。







ほどかれた柔らかな髪が、視界いっぱいに広がった。
驚いて視線を下げれば。
エアリスが必死に自分の指にしがみついている。
「な、んで・・・」
ひゅ、と息を詰めたのは。
彼女が突然現れたことだけではなく。
エアリスの、その小さな背を覆うように。
光の“翼”があることを認めたからだ。
「どう・・・して?」
ぎゅうぎゅうとクラウドの指を握り締める少女は、 それこそ必死な顔をして。
大きな大きな瞳を零れそうなほど見開いて。
泣きそうになりながらも、叫んだ。
「だめ、ひとりじゃ、だめ!」
「・・・」
「感じた、わかったの。
 此処には“力”が眠ってる」
「え?」
「手伝ってくれる、助けてくれるわ!
 わたしとクラウドがずっと、ずうっと一緒に居られるように!!」
「・・・エア、リス」
精一杯背伸びをしてきた少女を、クラウドは 左腕で支えた。
温かな手のひらが、そうっと彼の頬を包む。
「終わらせよう、ね?」
「エア・・・」
「ほらさっきから此処に。
 わかる?」
クラウドは軽く目を瞠って「何を」と問いかけようとした。
そしてその時、もうひとつの温もりがあることに漸く気づく。
クラウドはその温かさに、覚えがあった。
否、忘れるはずはなかった。
永い永い時を経ても、忘れることなど出来は、しない。
泣きそうで崩れそうで倒れそうな時。
いつもいつも自分を抱いてくれた、その体温。
慌てて彼は目の前の少女の顔を見る。
にこり、と無邪気に少女が微笑んだ。
ふわ、と軽い浮遊感がクラウドを包む。
「あ・・・!」
白くて長い腕が、まるで彼を抱(いだ)いているようだった。
(エアリス・・・?)

まだ自分は幼くて、小さくて。
それでも必死に『彼女』を守ろうとした。
傍にいようとした。
自分にとってたったひとりの、大切なひと。

(エアリス)

これだけの、時を経て。
こんな形で『彼女』と再会しようとは。

(エアリス・・・!!)



多分それは。
彼女の遺した願いの欠片だったのだろう。
『穴』を塞ぐために。
魔物たちをこの世界から失くすために。
クラウドを、『魔』ではなく『人間』にするために。
それは。
彼女の、最期の願いの、小さな破片だったのだろう      .
もしかしたら。
クラウドが仕出かしてしまう罪を、 彼女はうっすらと予感していたのかもしれない。

小さな願いは、現在(いま)。
大きな、力となり。
クラウドと幼いエアリスを包み・・・発動した。



ずっと、ずっと傍に。
ずっと、ずっとふたりで。

あなたは、
わたしの      ・・・




願ったのはどちらだったのだろう。
望んだのはどちらだったのだろう。

(俺たちは)
(“同じ”だったのか?)
(あんたにも俺にも“翼”があったのは、偶然なのか?)

この地上で。
出逢って笑って喋って泣いて絶望して望んで・・・また出逢って。

(エアリス)
(エアリス)
(エアリス)

熱いものが頬を濡らした。
霞んでぼんやりしている幼い少女の、翠色の瞳を見る。
ああ、濃くなってる。
この大地の、生命(いのち)の色だ。

クラウドは目の前の小さな身体を抱き締めた。
柔らかな腕も、そっとクラウドを抱き締め返してくる。



光の洪水の真ん中で。
切なくて優しい、願いの中で。








「何が起きた・・・?」
ツォンは強烈な光のために、眩む頭を横に振った。
ほんの数秒の出来事ではあったが、 残っていた魔物たちも消え失せ、自分ですら 怖気立った巨大なそれも跡形もなく。
殆どの兵は強烈な光に気を抜かれたように蹲ったままだ。
はっとしてツォンはエアリスの姿を探した。
クラウドがまさに渾身の一撃を放とうとした時。
駆け寄る彼女の姿が目の端に映ったからだ。
「エアリ・・・」
叫ぼうとした言葉を、次の瞬間ぐっとツォンは呑み込む。

ぼろぼろになったクラウドの腕の中に、 ぐったりとエアリスは抱かれていた。
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